確かなる幸福



「呂蒙様…もしかして、ご体調が優れないのでは…!?」


処刑された関羽の怨念が、呂蒙の体を徐々に蝕んでいく。
そして、残酷な方法で呪い殺される。
陸遜は大丈夫だと言っていたが、知らぬ間に危惧していたことが現実となってしまったのかと、咲良も呂蒙の傍に寄り、心配のあまり泣きそうになりながら問う。
咲良が深刻そうに見上げてくるため、甘寧は驚いたようだが、呂蒙は複雑そうに微笑み、ぽんと咲良の頭を一撫でした。


「落涙殿、俺は疲れが溜まっているだけで、病を患った訳ではない。俺ぐらいの年齢になると、少しの無茶で疲労がたまってしまうのだ」

「ですが…!呂蒙様…お身体は、大事になさってください…」

「俺は皆に心配をかけてしまっているのだな。実は陸遜にも泣きつかれてな…甘寧や凌統も、俺の身を案じて仕事を手伝ってくれる。俺も良い部下を持ったな」


…陸遜も、気付いてしまったのか。
彼もまた、尊敬する呂蒙を失うことを恐れ、苦しんでいるかもしれないのだ。
物語の展開は、都合良く変わることは無い。
呂蒙の死は、関羽の無念と憎しみを描くためには、どうしても必要な場面だったのだろう。

だが、どうしてこの優しい人が、むごい死に方をしなくてはならないのか。
本当は辛いはずなのに、呂蒙は笑っているから、咲良はもっと辛くなる。
元気なふりをしているのではなく、心から嬉しそうなのだ。


「おっさんはそう簡単には死なねえよ。おっさんが居なくなったら、誰が俺の面倒を見るってんだ」

「こら甘寧、俺はお前の保護者ではないぞ」

「分かってるって!じゃあな、落涙。また会いに来るからよ」


甘寧はひらひらと手を振り、何か言いたげな呂蒙の腕を掴んで立ち去っていった。
呂蒙はきっと、陸遜や甘寧、若い者達が気にかけてくれる…、彼らの優しさや気遣いに、大きな喜びを感じるのだろう。

幸せは、長くは続かないかもしれない。
…それでもまだ、呂蒙は生きている。
彼を慕う若者たちが、悲しむ顔は…決して、見たくないと思うのだ。
咲良はぼんやりと空を眺めていたが、暫くして、自分も仕事に戻らなければならないことを思い出し、慌てて邸に戻った。

痛いほどに握られた手だけは…今も熱いような気がして、咲良はいつまでも、言いようの無い不安と、胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。



END

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