いつもこの音を



「その笛、"悠久"って名前なんだって!」

「悠久……?」

「何だか、すごい名前じゃない?あたしも、悠久は落涙ちゃんを待っていたような気がする!なんとなくだけどね!」


悠久、それは、悠かなるもの…。
どこかで耳にしたことのある名前に、咲良は目をぱちぱちと瞬かせる。
思い返してみれば、悠久とは、黄蓋に宛てた孫策の手紙に記されていた名前だ。
悠久が道を想像し、涙と出会って世界の静寂を取り戻すとのだという。


(あれ?じゃあ、孫策様の遺言は悠生じゃなくて…この笛のことを言っていたんだ)


孫策により、予言されていたという咲良の未来。
細かく綴られた内容の意図を掴みきれなくても、まるで、夢のように思えたのだ。
悠久と名付けられた笛を前に、咲良は複雑な気持ちになる。
悠生との再会を願っていた咲良にとっては、希望を失ったようなものだ。

だが…不思議と辛いとは思わなかった。
周瑜に与えられたこの笛が、本当に、自分のことを待っていてくれたと分かったから。


「では…、吹かせていただきますね」


小喬はわくわくとしながら、期待を込めた瞳でじっと見つめてくる。
緊張しつつも心を決めた咲良は、歌口に唇を当て、思い切って息を吹き込んだ。
そして、悠久と名の付けられた笛から生まれたものは、柔らかで優しげな…美しき音色であった。


(あ……)


一瞬で溶けてしまいそうなほど、儚い響き。
その音は咲良のフルートの音にとてもよく似ていた。
この世界にはフルートが存在しないから、もう二度と、聴けないと思っていたのに。
思わず震えてしまうぐらいに感動し、涙が出そうになった。

本当に、待っていてくれたのだろうか。
悠久に求められたのは落涙だったのだから、自信を持っても良いのかもしれない。


「やっぱり落涙ちゃんはすごいね!周瑜さまも良かったね?孫策さまのお願い、叶えてあげられたんだから!」

「そうだな、小喬。落涙殿に感謝しなければ」


礼を言うべきは咲良の方なのに、周瑜は深々と頭を下げてくる。
あわあわとしながらも感謝の言葉を述べた咲良だが、そこで小喬が可愛らしく首を傾げ、「曲を聴かせて」とねだってくるのだ。
あまりもの可愛さに、どきどきと胸が高鳴り、咲良は顔を赤くして俯いてしまう。


「ね、良いでしょ?あたし、落涙ちゃんの音楽、たくさん聞きたいなあ」

「お、お聴かせしたいのは山々なのですが…以前使っていた笛とはどうも運指が違うようでして…もう少し、練習をさせていただきたいです。いずれ必ず、小喬様と周瑜様に演奏を披露させていただきますので…」

「そうなんだぁ…あたしにはよく分からないけど、なんだか大変なんだね。でもあたし、楽しみに待ってるよ!」


申し訳無いが、すぐに曲を奏でることは出来なさそうだ。
だが、咲良はとてもわくわくしていた。
こうして再び笛を手にし、いつかは楽師に戻れるかもしれない。
それまでは…黄蓋の元で働きながら笛の練習をし、小春への指南も続けたい。
ここへ来てやっと、進むべき道が、開けたような気がした。



END

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