いつもこの音を



彼女は泣き虫だから、自ら落涙という名を名乗っているのか?
その疑問を持ったとき、甘寧は初めて気が付いたのだ。
落涙を慕っていると自覚したところで、自分は彼女のことを、何一つ知らなかった。



「あんたって…変わったよな」

「はあ?何がだよ」

「確かに脳みそは筋肉で出来ているかもしれないけどさ、他人を労れるようになった」


このように、穏やかで優しげな声をかけられる日が訪れるとは。
甘寧は訝しげに後ろを振り返り、気持ち悪いほどに父の仇である男を褒める凌統を弱々しく睨んだ。

実のところ、甘寧は落ち込んでいた。
想いを伝えるつもりで、迷惑も省みずに落涙の部屋へと乗り込んだ訳だが…中途半端なまま逃げ帰ったのだ。
これが鈴の甘寧かと、世の人に知られたら呆れられてしまう。


「落涙さんのおかげ、なんだろ」

「……、」

「昨夜、あんたが宴を抜け出して落涙さんに会いに行ったことは、噂で聞いたんだけど…、その様子じゃ、玉砕しちま…」

「してねぇ!俺は…!俺には…無理だ…」


情けない声を出してしまうも、誤魔化すために弁解する余裕も無い。
凌統の前で弱音を吐くなど激しく自尊心を傷付ける行為ではあったが、誰でも良いから、この悩みを聞いてほしかった。
意外にも、凌統は耳を傾ける姿勢を取ってくれているようだ。
凌統が大人しくなったのも、彼との距離が近付いたのも、やはり落涙のおかげなのだろうか。


「あいつよ…好きな男がいるんじゃねえかって。あいつは大事そうに、骨の欠片を胸に下げているんだ」

「ああ…そう言えば。それで?あんたは何を悩んでいるんだ?落涙さんの想い人がこの世に居ないのだとしたら、普段のあんたなら、横から攫っていくと思うんだけど」


それこそ、正論だ。
何故それが分かっていて、実行出来ない?
落涙に恋人が居たとしても、過去の話だ。
死んだ人間に負けるとは思わない。
彼女と同じ世に存在するだけで勝者だ。
傷心の落涙を慰め、我が物にすることなど容易いはずだった。


「前の男にも汚されていない綺麗な落涙さんに手を出すのは躊躇われるって?なら、俺が先に味見してあげても良いけど」

「凌統!落涙にそんなことしやがったら、お前を許さねえ!!」

「冗談。そこで逆上するってことは、別に娼婦じゃなければ手を出せないって訳じゃないみたいだな」


どんなに良い女でも処女には手を付けないと、甘寧の中では暗黙の了解となりつつあった。
後々、責任を取るのが面倒だから。
貴方のせいと責められてはかなわない。

最初から、そこに愛は存在していないのだ。
甘寧も相手の女も、一夜限りの慰めを、繋がりを求めるだけであった。
今までは、それで、満足出来ていた。


 

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