遥か遠くの陽




(私達の奏でた音楽は…孫策様に届いたかな…?)


一曲を演奏し終えた咲良はふう、と息を吐き、唇からフルートを離した。
楽師達に与えられた役目は、これで全て終了のはずだ。
だが咲良は、まだ満足していない。
此処ではない、遠い空に居るはずの孫策を泣かせることが目的…という訳ではないのだが、どうしても咲良は、このまま頭を下げ退場したいとは思わなかったのだ。

舞台袖に立つ蘭華が、咲良の意を汲み取り、強く頷いてくれる。
楽師に与えられた時間は、まだ終わらない。
孫策様を想い、皆に伝えたいことがあるならば、自由に奏でなさいと。

私は、落涙だから。
咲良は皆の反応に怯えて縮こまってしまうけれど、落涙は違うでしょう?
蘭華の笑顔に勇気を貰った咲良は、漸く覚悟を決めた。
再びフルートを構えた咲良は、これから、特別な一曲を奏でるのだ。
孫策を思い出し涙ぐんでいた皆の視線が、咲良一人に集中する。


(大喬様…一緒に、聴いてほしいな…)


咲良は、孫権の近くの席に座っていた大喬を見付けると、そっと会釈し、控え目に微笑んで見せた。
既に涙ぐんでいた大喬は、ゲームで見るよりもずっと美しく、大人びて見えた。
咲良のイメージしていた大喬は、他人に心配をかけるのを嫌い、無理をして強くあろうとする…健気な人だった。
やはり、辛かったのだろう…心優しい大喬は堪えきれずに、ぽろぽろと涙を溢れさせる。

落涙の生み出す音が紡ぐメッセージを、人々は素直に受け止めてくれる。
美しいビブラートは、まるで泣き声のようだ。
震わせて、震えて、儚く消えるように…。



━━━━



孫呉の人は皆あたたかく、人間味があり、気さくである。
王族も民も関係なく、身分という壁を取り払った一つの家族のようだ。
それは、ゲームをやっていての感想だが…、この状況はいかがなものだろう。


(どうしよう…よりによって何で私だけなの…!?)


咲良は最初から、半泣き状態だった。
早く帰って眠りたいと思っていたのが本音だ、ここ二日間、全くと言って良いほど眠っていなかったのだから。
もうすっかり陽が落ちた頃、蘭華も、楽師達も、法要の演奏を終えて店に戻っているため、城に残っているのは咲良だけである。
何故なら、楽隊の中心であった落涙に、孫権が直々に礼を言いたいと、呼び止めたのだ。

蘭華は名誉なことだと咲良を褒めた。
皆も次々に羨ましいと口にした。
落涙は可愛いから素敵な殿方に見初められるかもしれないわね!だなんて、人事だから楽しそうに言えるのだ、当の本人はそれどころではない。
偉い人達の前で失態を見せないか心配するあまり、咲良が先の見えない緊張から解放されることは無かった。



 

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