鼓動を感じて



咲良自身、甘寧が怪我の具合を確認しに来ただけとは思っていない。
彼は何か、伝えようとしていた。
圧倒的な力で抱き竦められた咲良は、戸惑いと緊張で縮こまってしまったが、彼の鼓動は正直で、有り難いことに好意を抱かれている…それだけは間違いない事実であろう。

小春は咲良を羨ましいと言うが、もしかすると、甘寧と咲良の関係を、自分自身と陸遜に重ねているのではないか。
だがそうなると、陸遜は甘寧と真逆の行動を取っているということになるが…


「陸遜様に…宴の席で、音曲を聴いていただけなかったのですか?」

「…実は、まだお顔を見ていないのです」

「ええっ!?」


しゅん、と肩を落とし、小春は今にも泣きそうなほど瞳を潤ませている。
確かに、咲良も陸遜の姿は見掛けなかった。
宴に参加する暇も無いぐらいに忙しく、戦後処理に追われていたのかもしれない。

だが…、戦場に赴く前、陸遜は咲良に「小春殿を頼みます」と言ったのだ。
彼なりに、幼い許嫁を気に掛けていた。
それなのに…陸遜の身を案じるあまり、悪夢に魘されていた小春に、どうして顔を見せてくれないのだろう。


「一目でも、お姿を…そして一言でもお声を聞きたいのです。伯言さまの存在をこの身で実感出来たなら…、それ以上を、望んだりは致しません」


小春は陸遜に見合う妻になろうと、必死に寂しさを覆い隠している。
だから、咲良の元を訪ねて来たのだ。
母親にも女官にも言えなかった悩み事を、師である落涙に打ち明けることで、道が開けるのではないかと考えて。


「でしたら…私と一緒に、陸遜様のお顔を見に行きませんか?」

「そんな!それでは落涙さまにも、伯言さまにもご迷惑が…」

「私は構いませんよ。陸遜様だって、お優しい方ですから、迷惑だなんて思うはずがありません。会話は出来なくても、姿を拝見するぐらいなら…、それに、私…お会いしたい人が居るんです」


甘寧さんじゃありませんよ、と一言付け加えれば、小春はぎこちないが、柔らかく微笑した。
一人で会いに行くには勇気が要るけれど、二人ならば…、そう考えたのは、咲良も小春も同じであろう。

洗濯に区切りを付け、外出の許可を取ってから、咲良は小春を連れて黄蓋の邸を後にし、陸遜達の執務室があるという棟を目指した。
入り口を見張っていた兵は、律儀に頭を下げる小春を見ると、すんなりと道を通してくれた。


 

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