月の光と共に



少々むっとして、唇を尖らせたら、甘寧は悪い悪いと言いながら咲良の頭に触れ、まるで子供を宥めるかのように髪を撫でてくる。
これでは怒る気にもなれないと、苦笑した咲良は、黙って甘寧を見上げた。


「んじゃ、俺だから、ってことか?」

「そう…ですね。甘寧さんは、悪い人ではありませんから」

「あんたは何も分かっちゃいねえよな。ま、そういうところが…」


髪を弄んでいた手が、耳の辺りで止まり、咲良はくすぐったさに肩を竦めた。
妹として守ってやる…と、その言葉を覚えていたからこそ気を抜いていた咲良だが、そこでやっと、甘寧との距離感が異常なことに気が付く。
こんなにも近くに、甘寧を見たことは一度も無かった。

気性の荒い人間は特に、自身のテリトリーに立ち入られることを嫌う。
被害者と加害者、最初は、そんな悲しい関係でしかなかった。
だが今のこの状況をどう説明したら良いのだろう、あと一歩踏み出せば、甘寧の胸にぶつかりそうなのだ。

そっと耳に、頬に触れる大きな手のひら。
咲良が好きだと言った、真っ直ぐな瞳に見下ろされる。
深い、夜の海のような色をしていた。
絡めとられたら、瞬きさえも許されない。


「…落涙…」

「甘寧さん!?ま、待って…、やだ…!」


距離が、少しずつ縮まっていく。
息がかかりそうなほど傍に、彼を感じる。
甘寧が何をしようとしているかを察した咲良は、思わず彼を押し返そうとする。
まさか、どうして。
気が狂ってしまったのではないか。

甘寧は女の扱いにも慣れているだろうが、色気の欠片も無い咲良に迫らければならないほど、女に困っている訳では無かろう。
力では到底かなわないと分かると、咲良はきゅっと目を瞑り、身を固くした。
口づけを迫られた、ただそれだけのこと。
それなのに初めて、甘寧が怖いと思った。


「…怯えんなよ。取って食ったりしねぇ」

「ご、ごめんなさ…っあ!?」


ちりんと響く鈴の音が、彼の動きを告げる。
次の言葉を発し終える前に、咲良は甘寧の逞しい腕に抱かれていた。
今度こそ、逃げられそうになかった。
羞恥心や僅かな恐怖心だって隠し通せる自信が無い。

甘寧の胸に触れて、とくとくと脈打つ心臓の鼓動を聞く。
咲良は彼が意外にも緊張しているということに気が付いて、次第に恐怖は消えていった。
しかし、突然のことにどう反応して良いか分からず困惑する咲良に、甘寧は容赦なく腕に力を込めるのだ。


「…はっ。やっぱ無理だわ。このぐらいで震えちまう女、俺には手が付けられねぇ」

「だって、こんなことされるなんて…」

「分かってんだよ、あんたが生娘だってこと…。まだ何もしてねえのに、泣きそうな顔しやがって……」

「ご、ごめんなさい…。生娘で…」


自分で言うと何やら情けなくなる。
男の人に抱き締められる…、甘寧の腕の中にいる、そのことを意識してしまえばもう彼の瞳を見ることが出来なくて、咲良は俯くばかりだった。


 

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