月の光と共に



「ちょ、ちょっと待っていてください!今、そちらに行きますから…」

「其処に居ろよ、俺が行く」

「え?」


静寂を打ち壊すように、けたたましく鳴る甘寧の鈴。
タンッと乾いた音を立てて地を蹴った甘寧は、壁に手をかけて咲良の部屋の窓に飛び込んできた。
息をつく暇も無い。
鈍く輝く月を背に、甘寧の表情は陰に隠れてしまう。


「あんたに会いに来たんだ。迷惑だったか?」

「い、いえ、迷惑だなんて…あの…お帰りなさい。元気なお姿を見せていただけて、嬉しいです」

「へへっ、ありがとよ!…あんたにそう言ってもらえて、良かった」


そう、咲良は甘寧に会ったらまず、お帰りと言うつもりだったのだ。
離れていた時間が思った以上に長すぎたせいで、"恋"について…悶々と悩んでいたことなど綺麗に忘れていた。
今、甘寧を前にして、咲良は何とも言えない複雑な心地であった。
陸遜への想いを断ち切るために、甘寧を好きになってしまおうと、間違った恋愛に逃げようとしていた自分を、今更ながら、恥ずかしく思ってしまう。


「…にしても、驚いたぜ。あんたが黄蓋のじいさんの女官になったなんてよ」

「いろいろありまして…、ですが、怪我はすっかり良くなりました!もう、お気になさらなくて大丈夫ですよ」

「いや、気にするなって言われてもな…」


光の灯らない室内に、差し込む月明かり。
甘寧がふと、長い溜め息を漏らしたことに、咲良は首を傾げる。
やはり、疲れているのではないか。
何ヶ月も戦地で命を懸けた戦闘を繰り返し、漸く帰還したと思えば後処理に追われ…本来なら、宴どころでは無いのかもしれない。

それなのに甘寧は…、建業城の敷地内とは言え、わざわざ黄蓋の邸まで足を運んだ。
咲良の怪我を気にしてのことかと思えば、どうやら、違うようで。


「…ってかよ、あんた、夜更けに男を部屋に入れるなんて、不用心だろうが!」

「ええ!?甘寧さんが勝手に入ってきたんでしょう!?私に言われても、困りますよ!」


それは心外だと、咲良は思わず反論してしまう。
さすがに、理不尽な言い分ではないか。
これが知らない人だったら、悲鳴を上げて逃げ出しているはずだ。


 

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