遥か遠くの陽



式も中盤に差し掛かった頃、壇上で演説をしていた孫権が席に戻られた。
陸遜がちらりと視線をそらすと、楽師の少女達が脇で演奏の準備をしているのが見えた。
その中に、あの時の少女がいた。


(落涙殿……)


睫を震わせ、人目もはばからずに泣きじゃくっていた彼女は随分と頼りない少女に見えたが、伝統的な正装に身を包み、銀の笛を手にした落涙は、まるで別人のようだった。
城中の者が集まる大舞台だと言うのに、しっかりと前を見据えて、凛とした瞳を向けるのだ。

陸遜の隣に座っていた周瑜も、先程まで暗い面持ちをしていたが、落涙の姿を見付けてからは、柔らかく微笑んでいた。
音曲に通じる周瑜が絶賛した楽師。
その音が披露される瞬間を、陸遜は待ちわびていた。


(美しい…ですね…)


ひっそりと、悲しげな旋律が奏でられる。
病に倒れ、若くして天へと去った孫策を偲ぶために用意された一曲は、相当に暗いものだった。
だが、悪くはない。
気が滅入りそうになるほどに湿っぽい旋律ではあるが、まるで何かを語りかけているかのように聞こえてくるのだ。
それはきっと、落涙の心の声だ。
孫策を想い、奏でられた旋律に込められた、彼女の強い言葉。

陸遜は涙の流れる音を耳にした。
だが、泣いているのは陸遜では無い。
落涙の音に耳を傾けていた者達が、目頭を押さえ、肩を震わせる姿を見た。
それも、一人や二人では無かったのだ。
多くの者が孫策のために涙し、嗚咽を漏らす。
あの太陽のような男を慕い続け、別れを惜しんだ仲間達が、落涙の音に涙を流している。


(だからあなたは、落涙と呼ばれているのですね)


陸遜は初めて、彼女の名に込められた意味と、想いを理解した。
実に、不思議なものだ。
落涙という少女のことは、何も知らないのに。
たった一度、言葉を交わしただけの赤の他人…、それなのに、胸がじくじくと痛み始める。


「……、孫策…」


その呟きを聞いた陸遜は驚き、息を呑んだ。
孫策…とかつての友の名を小さく口にした周瑜、彼の白い頬が濡れていたのだから。
決して弱みを見せない、親友である孫策が亡くなった時さえも気丈に振る舞っていた、自尊心の高いあの周瑜が、隠すこともせず涙を溢れさせていた。
落涙の音が、頑なな周瑜に涙を流させたのか。


(ですが、私は…私だけは……)


陸遜は静かに目を瞑り、美しくも悲しい旋律と涙の音の行方を追っていた。
まるでこの世にひとりだけ、取り残されたかのようだ。



 

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