血まみれの胸




陸遜は本陣で情報の整理に追われていた。
情報が全体に上手く伝わらず錯綜してしまえば、混乱を招きかねないのだ。

戦は勝したが、胸の辺りに嫌なものが渦巻き、陸遜は時折深く息を吐いた。
捕らえた関羽と近臣の者達を処刑せよと命を下したのは呂蒙である。
首を落とし、耳を斬られた軍神は死して尚、神々しい威風を放っていた。
いくら孫呉のためとは言え、戦神の化身を葬ることに、陸遜は言いようのない苦痛を感じ、戸惑っていた。


(私達は…神に手をかけたのですね)


悲しみは連鎖する。
そして、そう簡単には止まらない。
乱世はいつになったら終焉するのか。
孫呉の天下のため、あとどれほどの戦を勝ち進まなければならないのだろうか。

しかし、弱気になることは許されない。
劉備は義兄弟の敵を取るためにと、必ず、挙兵するはずだ。
次の戦に備え、城へ帰還したら呂蒙と共に、再び策を練らなくては。


「尚香様が戻られました!どうやら、蜀軍の負傷者を連れ帰られたようで…」

「蜀軍の負傷者?そうですか、では様子を見に行きましょう」


兵卒の報告を受け、陸遜は救護班が控える幕舎へ足を運んだ。
尚香と蜀は深い関わりがある。
懇意にしていた者と戦場で再会し、傷を負っていたために引き連れてきたのだろう、と陸遜は至極当然な考えを抱いた。


「早く!中に運んでちょうだい!」


尚香の悲痛なほどの声を耳にした陸遜は、想像した以上に大変な事態であることを察する。
医師達が忙しなく動き回り、その中に、長時間雨に濡れ凍えているだろうに、未だ着替えもしない尚香の姿を見つけた。

地に膝を突き、尚香が強く握る怪我人の手は、彼女のものと同じぐらいに小さな手であった。
子供だと、一目で分かった。
しかし何故、戦場に子供が紛れ込んでいる?
その疑問を解決することは出来ず、陸遜は尚香の背に言葉を投げかけようとしたのだが…


(透けている…?)


尚香は確かに手を握り締めているのだ。
だが…、人の肌の色をしていない。
半透明に透け、今にも消えて無くなるのではと思えてしまう。
戦場に紛れ込んだ瀕死状態の子供は、死の淵をさまよい、命の灯火を失いかけているのだ。


「落涙さんも、こんなでしたよ」

「凌統殿」


陸遜と同じく様子を見に来たらしい凌統は軽く拱き、じっと尚香の後ろ姿を見ていた。
落涙に監視を付ける原因となった出来事と、この子供の現象が似ていると言うのだ。
蛍の光のように、儚く消え入りそうな人。
確か、落涙の身に異変が起きた時も…彼女は事故に巻き込まれ、命の危機に曝されていたはずだ。


 

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