ひそかな祈り



そんな話題をふられるとは思わず、咲良は内心、冷や汗が流れそうな心地だった。
これではまるで、独身の娘に見合いを勧めまくる母親のようである。

勿論、黄蓋の言うことが理解出来ないのではない。
孫権の認めた将の妻ともなれば、優遇され丁重に扱われる落涙を嫌う一部の者が、咲良を蔑むことなど出来なくなるだろう。
だが、自分のような身分の小娘を、誰が好き好んで娶りたいと思うだろうか。
確かに、結婚してもおかしくない年頃ではあろうが、咲良にはその気がないし、そもそも相手も居ない。


(私は読み書きも出来ない、出生も曖昧にしているし…、何にしろ、身分は気になるものでしょう?結婚なんて無理だろうなあ…)


当時の価値観を、現代と比較してはいけないと思っても、この時代は…男性に比べ、女性の扱いは酷いものである。
小難しいことを考えるのは苦手なので、咲良は身分ある人間の妻になりたいとは思わない。

恋人が欲しいと望んだことが一度も無い訳ではないのだ。
しかし、学校や部活が忙しく、音楽ばかりに熱中していたため、咲良には他のことに手を出す余裕は無かった。
好きな人だって、出来なかったのだ。
此方の世界に来てからも、陸遜に淡い恋心を抱いたりしたが、結局は忘れざるを得なかった。
音楽だけで生きていければ良いのだが、それではあまりに寂しすぎる。
恋はしたいが、自分のような内気な性格の人間は、恋愛をすること自体、向いていないのかもしれないと…いつも、後ろ向きな考えを抱いてしまうのだ。


「やっぱり、好きな人と一緒になりたいです。我が儘…でしょうか?」

「我が儘などと。落涙殿はお若い。いくらでも、好機はめぐって来ましょうぞ」


結婚なんて、意識するにはまだ早い。
それよりも大事なことがあるではないか。
もうすぐ…近い未来、悠生に会える。
共に暮らせる日がくるかもしれないのだ。


(悠生が良いって言うなら…私も一緒に、蜀で暮らしたって…)


いつだって、建業の城を出ていくことが出来る。
咲良の一番は、悠生なのだから。
だからこそ、黄蓋の期待には応えられそうにないが…、心から気にかけてもらえたことを、嬉しく思った。



END

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