ひそかな祈り



(じゃあ、悠久って…、悠生のこと?)


それならば、全てが合致する。
その不思議な旋律を知った弟が、いつか孫呉へやって来るかもしれないのだ。

叶わないと諦めていた再会の日が、再び望める。
蜀に永住すると決めた悠生が何を考え、どのようにして呉に訪れるかは想像も出来ないが、咲良は単純に喜んでいた。

当然、自分も悠生も、この世界を滅ぼそうとは微塵も思っていない。
大好きな人達が居る、無双の世界を。
そもそも、旋律を知ったところで、咲良が愛用していたフルートは既に存在しないのだから。


「ご心配をお掛けしました。ですが私には、そのような…世を乱すような大きな力はありません」

「余計な不安を抱かせましたな。いかんいかん、年寄りは心配性なのです」


黄蓋の笑顔には裏が無く、咲良もつられて微笑んでいた。
周泰や周瑜から間者と疑われていた頃の自分だったら、孫策にまで疑念を持たれているのかと激しく落ち込んだだろう。

確かに、自分はどこにでも居るような一般人ではあるのだが、異世界の者であるという事実だけで、異端な者だと決め付けられかねない。
今までは、自分の身に異変を感じたこともないし、無双の世界に紛れ込むに当たり何か特別な力を得た訳でもない。
だが、世界を滅ぼすなどと大きな事を、無意識下でやってのけてしまうかもしれないと言う…それは恐ろしいことだ。

ここに書かれた内容は、ひとつの可能性。
道を示し、こうならないようにと、既にこの世に存在しない孫策が、忠告をしているのかもしれない。


(でも…私の想像していた孫策とは、ちょっと違う気がする。孫策って、知将よりは猛将って感じなのに…)


何故、生前の孫策に、咲良が孫呉に現れると知ることが出来たのだろうか。
小覇王として名を馳せていた孫策だが、未来予知紛いの力を持っていたなんて一度も聞いたことがない。
それを、あえて黄蓋へ伝えたのは?
咲良が黄蓋の女官になる、そこまで予期していたのだろうか。


「落涙殿。今から言う言葉も、年寄りの戯れ言と聞き流してくだされ。殿に孫呉の一員として認められれば、貴女に疑念を抱く心の醜き者は居なくなるでしょうな」

「孫権様に…ですか?」

「孫呉には、妻帯を持たぬ男どもはまだまだ居りますぞ。落涙殿を妻に迎えたいという男も、ちらほらと…」


 

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