ひそかな祈り



洗濯板を手に、落ち着いた色合いの服を洗う。
泡が立つ洗剤など存在しないため、地道にゴシゴシと擦るしかない。
中腰になっているため体の節々が痛むが、女官の仕事も慣れれば楽しいものだ。


「落涙殿、洗濯は中断して、わしの部屋に来てくださらぬか」

「はい、お待ちください!」


女官を呼ぶにしては畏まっているが、彼こそが咲良のご主人様となった人物である。
赤壁の戦いの際、重要な役割である苦肉の策を成し遂げた、呉の老将・黄蓋だ。

周泰が城内で働ける仕事として紹介してくれたのが、この黄蓋の元であった。
呉に長く仕える黄蓋の女官達は、同じく長く黄蓋の世話をしていたため、言うなれば、平均年齢が高いらしい。
母親ほどの年齢の同僚達は皆親切にしてくれて、咲良の事情を汲み取り、優しく仕事を指導してくれる。


(周泰さんに、感謝しなくっちゃね)


太公望にフルートを壊されてから数日が過ぎたが、住居を黄蓋の邸に移した今も、小春に笛や音曲を教えるため、度々城に赴くことがある。
それも、やはり小春が望んだことだ。
予想した通り、小春は瞳を潤ませながら必死になって咲良を引き留めようとし、彼女の可愛らしさに負けた咲良はあっさりと折れてしまうのだった。

小春は陸遜らが戦から帰還した際に開かれる宴で、音曲を披露することになっているため、日々練習を重ねている。
当初は一緒に二重奏をしましょうと約束をしていたが、残念ながら今回は見送りとなった。
次の機会なんてあるかも分からないのに…、本当に残念だ。


手を拭き、黄蓋の私室を訪ねた咲良は、いそいそと茶の用意をする黄蓋の姿を見て、慌てて制止する。
主人が使用人のために茶を煎れるなど、とんでもない。


「私が煎れますから、黄蓋様はお座りになってください!」

「はっはっ、お気になさるな。わしが呼び出したのだから、もてなさせてくれませぬか」

「うぅ…、はい。ありがとうございます」


落涙、は大喬の客人として扱われていた。
だから、未だに黄蓋も気を使っている。
本来なら呼び捨てられてもおかしくない立場なのに、丁寧な敬語を使われて、此方が申し訳なくなる。

ゲームと比べ、目の前の黄蓋は少々老いているようにも見えた。
彼の元で働くうちに知ったことだが、現在の黄蓋は周瑜と同じく隠居し、今は若い兵の育成に力を入れているようだ。
年を取っても尚、孫呉のために尽くそうとする黄蓋の精神は素晴らしいものである。


「女官の仕事は楽ではないでしょう。お辛くありませぬか」

「いえ、皆さんよくしてくれますし、仕事も慣れれば面白いものです。それに、少しでも出来ることが増えれば、将来のために良いと思うので…」

「はっはっ、落涙殿なら良い縁談を結べましょうな。世の男が貴女を放っておくはずがない!」


 

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