焦がれる想い



ほんの数時間前のことを思い返しても、相手が見知った太公望であったゆえか、改めて恐怖や憎悪の感情が浮かぶことは無かったが、ただ…悲しかった。
フルートは、この三国時代には存在しない西洋の笛である。
未来の異物を人間界に放置しておくのは危険だと判断され、これ以上使用させないよう強硬手段に出たのだろうか。
咲良がいくら頭を悩ませ、考えても、答えは太公望にしか分からないのだが。

せめて、理由を言ってほしかったと思う。
太公望は悪人では無いのだ。
彼が強引に手をかけるぐらいなのだから、余程に深刻な問題を抱えていたのではないか。
訳を話してくれれば…もっと穏便に解決出来たかもしれないのに。


「あの…周泰さん、ひとつ、お願いを聞いていただけませんか?」

「……?」

「建業には職業相談所とかってありますか?宜しければ案内していただきたいのですが…切実なんです」


至って真面目に言ったのだが、呆けた顔する周泰には、どうやら上手く伝わらなかったようだ。
落涙は楽師、そして小春の師という立派な仕事に就いていたのだ。
何故、職を求める必要があるのかと。


「笛が壊れてしまったので…、ですが新しい笛を買おうにもお金がありませんし、この程度の楽師が、小春様の師に戻ることは出来ません。それに私、怪我が治っているのに城に置いてもらっているじゃないですか。申し訳無いです。何もせず、お世話になる訳にもいかないんです」


当初は怪我が完治するまでと、期間が限定されていたところ、小春が望んでくれたから、咲良は城で笛の師を続けられたのだ。
それも叶わないとなると、このまま城に居座ることは出来ない(そこまで図々しくなれない)。
小春に同じことを告げたとしたら、城の資金で笛を購入し、その笛の扱いに慣れられるまで待っていますから、と言ってくれるだろう。

しかし、それでは駄目なのだ。
楽器は長年吹き続けることで、その奏者の癖が付く、そういうものだ。
だから新しい笛を手に入れ、どれほど懸命に練習しても、そう簡単には…皆が評価してくれた落涙の音は作れない。
何よりも、笛を失ったことで味わったショックが大きすぎた。
体の一部を無くしたかのように辛く、ぽっかりと小さな穴が空いてしまったような心地である。
だからこそ、落涙として笛を吹くことは出来ない。


 

[ 126/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -