焦がれる想い



(…俺は…貴女のこととなると、弱くなる…)


それは何故かと、考えることからも逃げていた。
答えを知ることが怖かった訳ではない。
では、どうして?
溜め息を漏らせば、思った以上に大きく響き、さらに気が滅入ってしまった。

初めは、監視役として、その対象として、落涙を見てきた。
何処にでも居るような娘である。
だが少し変わり者で、たまに見せる寂しげな笑顔が、周泰には恐ろしく感じられた。
そのまま消え入りそうに笑まれると、堪らなく胸が苦しくなるのだ。

…分からない。
周泰の全ては孫権であり、生きる理由も戦う理由も、死ぬまで変わらないと信じていた。
江賊の成り上がりと陰口を叩かれようとも、己の評判などどうでも良かった。
誰かを、愛するなどということも…考えられなかった。


「…う…ぅ…」

「ら……」


か細い呻き声が聞こえる。
急に苦しみ出した落涙に、周泰はガタンと椅子を倒すほどに動揺し、立ち上がった。
典医は…、既に寝ていたとしても起こせば来てくれるだろうが、苦しげに呻く落涙を残し病室を空けることは出来ない。

柄にも無く狼狽した周泰は、布団の中にある落涙の手を探り、強く握った。
血が通っていないのではと疑いたくなるほどに冷たい手、細い指先。
温めるように擦ってやると、強張っていた落涙の表情に変化が現れた。


(…貴女は…何故…)


次の微笑みは、柔らかいものだった。
それは、惜しみなく与えられていたもの。
周泰が何の努力をしなくても、落涙は笑ったり、困ったり、拗ねたり…素直な感情をぶつけてくれたのだ。

孫権が指摘した通り、周泰が落涙に惹かれていたのは、確かなことだったのだろう。
単なる監視の対象に、要らぬ情を抱いてしまった。
手放したくないと思っても、時が来たら、自ら離れなければならないことは分かっていたはずなのに。

落涙は温もりを求めてか、弱々しく周泰の手を握り返す。
触れる指先を見たら、周泰は緊張が解けるどころか、より速まった鼓動に違和感を覚えていた。
戦後の高ぶった気持ちにも似ているが、厳密には違う。


(…こんなにも俺を…惑わせる…)


本当は、全て分かっていたのだ。
妻帯を持っていないからと言えども、良い大人なのだから。

護衛を外され、残念に思った自分が居る。
彼女との距離感が、虚しい。
傍に鈴を目にしただけで、落涙に想われている甘寧が恨めしくなった。

触れた瞬間に、満たされていく。
動悸が、止まらない。


「愛しい…のか」


その笑顔も、奏でる音色も。
言葉にして初めて、周泰は少女への想いを認識したのだった。


 

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