残された余韻



訳の分からないことを口にした太公望は、咲良が持つフルートのケースを強引に奪い取ると、なんと…、ケースごと握り潰してしまったのだ!
信じられない光景に、咲良は我が目を疑った。
まるでスローモーションのようにゆっくりと、バラバラになった銀色のフルートが地に散らばる様を、ただ見つめることしか出来なかった。


(うそ…私の…フルートが…)


ケースに括りつけていた、甘寧に貰った鈴の紐が切れて地に転がり、ちりんと音を立てる。
咲良は呆然として、鈴を拾うことも出来ないでいた。
音曲を奏で、旋律を聴かせ、人を喜ばせためにある楽器のどこが、危険だと言うのだろうか。


「ひどい!何でこんなことを…」

「…理由が欲しいかな?言わずもがな、貴公がその笛を持つこと自体が危険である。貴公が遠呂智を知っていることと、同じであろう」

「納得出来ません…!仙人のくせに、最低じゃないですかっ!」


まるで何でもないことのようにさらりと説明され、怒りよりも悲しみが湧き上がる。
ショックがあまりにも大きすぎて、涙も出なかった。
壊れてしまったら、パズルのピースのように、くっつけることなんて出来ないのだ。

このフルートでなければ、皆が愛してくれた落涙の音は、変わってしまう。
同じように作られた笛なんて、きっとどこを探しても見付からないだろう。
フルートを失えば、自分が世界に存在する価値も、無くなる。

唯一の救いは…、呂布のペンダントを首に下げていたことだろうか。
フルートと一緒に破壊されなかったことを思えば、運が良かったのかもしれない、だが咲良の中には太公望を責める想いしかなかった。


「私を憎むなら憎めば良い。落涙よ、貴公はその笛を…その衣装も、所持している限り、世界に溶け込むことは出来ぬのだ。それは私が預かっておこう」

「全部、忘れろって言うんですか?私に残っていたものは、フルートとこの制服だけだったのに…」

「つまり貴公は、この…孫呉に思い入れは無いのか」


咲良は弱々しくも太公望を睨み、首を横に振った。
そんな無責任な発言、口にする訳がないし、これっぽっちも思っていないのに。
だが、比べるとしたら…、生まれ育った故郷に勝るものは無いのだ。


「私、太公望さんのこと、嫌いになりました。こんなに酷い人だったなんて、夢が壊された気分です」

「クク…それは聞き捨てならないな。では笛の代償として、一つに情報を提供しよう。貴公の弟は生きている」

「え!?悠生が、本当に…?」


弟が、生きていると。
ずっと得ることが出来なかった悠生の手掛かりを、太公望は唐突に告げたのだった。
やはり、自分と同じく、悠生も無双の世界に紛れ込んでいたのだ。
もしかしたら会いに行けるかもしれない、と咲良は僅かな希望を抱くも、それは朗報などでは無かった。


 

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