残された余韻



(蹄の音なんて聞こえなかったけど…?)


自慢出来るほどのものではないが、咲良は耳が良い。
他の奏者と合奏をする際など、音を聞き分けるために、自然と聴覚が鍛えられていたというのもあるが、もともと物音には敏感に反応してしまうのだ。

ずっとそこに居たのか、はたまた忍び足で馬を走らせたのか…誰が好き好んでそのような面倒をするかとも思うが、相手が一向に動きを見せないので怯えようにも怯えられず、咲良はじっと白馬を眺めていた。


「貴公が、落涙か」

「っ!?」


馬はあんな遠くに居るというのに。
何者かが背後に立ち、耳に直接声を吹き込まれ、咲良はびくりと肩を跳ねさせる。
だが、恐怖するより先に、激しく驚いてしまった。
それは…、何度も聞いたことがある人物の声だったのだ。


「……、太公望…っぽい?」

「ぽい、とは何事だ。だが、流石に私の正体は見知っていたようだな」

「え!?どうして!?太公望はOROCHIの人でしょう!?」


慌てて振り返って見ると、予想した通りの人物…太公望が間近に迫っており、咲良は狼狽える。
柔らかそうな金髪と、真っ白な肌を持つ太公望は、女性にも見紛うほど美しい男だ。

まさか彼と出会うことになるとは、思ってもいなかった。
太公望は、本来ならば三国時代に関わらない、異質な存在である。
…咲良や悠生と、同じように。
あまりに驚きすぎて、敬語を使うことを忘れていた咲良は、取りあえず気分を落ち着けようと深く息を吐いた。


「今、遠呂智と申したな。貴公は遠呂智の何を知っている?」

「何って…、私はただ、貴方がこの世界に存在していることで、遠呂智が降臨する可能性もあるんだなって、思っただけです」

「ほう…」

「な、何なんですか!何で私の前に現れたんですか!?」


太公望の意味深な笑みに、咲良は思わず声を荒げる。
冷たい氷のような眼差しで見つめられているのだ。
太公望が他人に危害を加えるとは思えないが、咲良はその時初めて、背筋が凍るような恐怖を感じた。


(何だかまずい雰囲気、かも…)


無双の世界の太公望は仙人である。
彼が害を与える者だとは思いたくないが、得体の知れない力で咲良の自由を奪うことだって容易に出来るのだ。
その冷たい笑顔の意味も、分からない。
面倒なことになる前に思い切って逃げてしまおう、と咲良が意を決する前に、太公望は思いも寄らぬ行動に出た。


「貴公の笛は危険なものなのだよ。ゆえに、今此処で破壊させてもらおう」

「え?何を…やだ!やめてください!」


 

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