残された余韻




『貴様は何が悲しくて泣くのだ』と、久しぶりに夢に見た鬼神・呂布に淡々と問われた咲良は、答えに困ってしまった。
確かに自分は泣き虫である。
ちょっとしたことですぐ涙が出てしまうのは、心が弱いからであろう。
寂しさや悲しみに耐えられるほどの、強い心を持っていない。


『ならば、俺は強いと言うことだな。胡散臭い感情など俺の中には存在しないからな』


そうですね、と頷けば、夢の中の呂布は勝ち誇ったように笑った。



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怪我が完治したと報告をするため、蘭華の店を訪れていた咲良は、以前自分が使っていた部屋の整理をしていた。
私物はほとんど置いてないが、ひとつだけ…蘭華が皆の目に止まらないところで大切に保管してくれたらしい、学生服を手に取る。


「それが、あんたの国の民族衣装なんだろう?」

「まあ…そんな感じでしょうか?私と同じ年頃の女の子は、だいたいがこの服を着ています」


もう何ヶ月も袖を通していない制服を畳み直す咲良を、蘭華は興味深そうに見詰めている。
咲良は世話になっている蘭華にさえ、自分の身の上を全て語り尽くした訳ではないが、彼女は咲良を最も理解してくれる人だ。
異国の者で、帰る場所がないと知り、何も聞かずに守ってくれた、優しい女性。


「今日は…、あの男前な護衛は一緒じゃないのかい?姿が見えないようだけど」

「あはは、蘭華さん、もしかして期待してました?」

「まったくこの娘は…、大人をからかうんじゃないよ」


こつん、と頭を叩かれ、笑ってしまった。
蘭華ほどの美人が、恋人の一人も居ないのがおかしいと思う。

周泰とは…喧嘩をしてから、一度も顔を合わせていなかったのだ。
感情的になってしまったことを謝らなければならないとは思うが、咲良にはそれほどの勇気が無い。
気晴らしにフルートを吹いていると、その時だけは悲しいことを忘れられた。

だが…、咲良が城で暮らすために与えられた部屋は防音設備が施されている訳ではないので、四六時中練習をすることは出来ない。
そのため、今日は蘭華の店を訪ね、練習室を借りていた。


「ありがとうございました。ではこれで、私はお暇しますね」

「……咲良、夜道は危ないだろう。今日は此処で休んで、朝に帰れば良いんじゃないかい?」


蘭華は心配してくれるが、明日も小春に笛を教えることを考えれば、今日中に城へ戻っておいた方が良い。
「月が明るそうなので大丈夫です」と笑って告げ、咲良は風呂敷に包んだ学生服と、フルートのケースを持って、蘭華に頭を下げた。



数日降り続いた雨が嘘のような、綺麗な夜空を見上げる。
月明かりの下、咲良はきらめく星達を眺めながら、少し早歩きで城に向かう。
やはり夜は肌寒さを感じる。
せっかく怪我が治ったのに、風邪を引いて練習が出来なくなっては勿体無い。

人気の無い、静かな夜の城下町。
ふと、前方にぼわっと白く輝く何かを見付け、咲良は思わず足を止めた。
目を凝らしてじっと見てみたら、それが白馬であることが分かった。
闇に紛れ、乗馬している人物の姿は確認出来なかったが。


 

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