恋する小夜曲



「いえ、何か贈り物をと思って用意したのですが、やはりあなたには相応しくない代物でした。後日、改めて…」

「は、伯言さま!あ、あの…宜しければ、お見せくださいませんか?わたしのために、ご用意されたものなのですから…どうか、ひと目でも…」


小春が思わず彼の字を呼ぶと、陸遜は驚いたように目を見開かせたが、…少しして、照れたように笑った。
立ち振る舞いが大人びて見えた陸遜も、やはり、年相応の幼い顔立ちをしていることが分かったのだ。

彼が躊躇いながら取り出したのは、子供の遊び道具である、色とりどりの可愛らしい着せ替え人形であった。
会ったこともない婚約者のために、贈り物をあれこれと選ぶ陸遜の姿を思ったら…、小春は今までにない喜びを感じ、心からの笑みを浮かべていた。


「伯言さま…わたしと一緒に、遊んでくださいますか?」

「ええ、勿論です」


まるで、兄と妹のように…、二人は仲睦まじい間柄となっていった。
小春の体が成長するまでは、本当の夫婦にはなれないが、このままの関係でも、小春は十分に満足していたのだ。
夫の子を成すことが妻の役目であると、知識として持っていても、現実味が無かった。
いくら陸遜のことを愛しても、彼は小春にとって良き兄であり、心から求めていた父のような存在であったのだから。



孫策の法要が営まれた日、小春は運命的な出会いを果たすこととなる。
その者と顔を合わせるのはそれから数日後のこととなったが、小春は法要の際に披露された音曲を聴いて、大粒の涙を流したのだ。
誰もが、涙せずにはいられないほどに、美しく物悲しい旋律。
孫策への想いが、はちきれんばかりに溢れてしまいそうになる。


(あの楽師さまは、落涙さまとおっしゃる御方…?)


落ちる涙…、そのような変わった名を持つ少女の旋律に、小春はすぐ心惹かれた。
彼女の笛の音には、不思議な力がある。
落涙の旋律を聴いていれば、胸を悩ませ続けた、父に繋がる"何か"が分かるような気がしたのだ。

まだ、胸の中にくすぶっているものの正体については分からないが、また、これからも、落涙の旋律を聴くことが出来たら…答えが掴めるのではと思った。
しかし不幸なことに、落涙は重い怪我を負ってしまい、小春は彼女の音を聴くことは出来なかったのである。
それもまた定めと受け入れねばならず、不自由な暮らしを強いられていると言うのに、愚痴ひとつこぼさず慎ましく過ごす落涙に、小春は頭が下がる想いであった。


(落涙さまに習い、いつか伯言さまに、私の旋律をお聴かせしたい…父上にも、届くと良いのですが…)


今では、小春は望んで落涙の笛の弟子となり、彼女の教えを受け、演奏技術を学んでいる。
いつか、音楽を通じて父との距離が縮まることを…、そして陸遜との仲がより深まることを願い、小春はひたむきな瞳で未来を見据えていた。


END

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