恋する小夜曲



小春はいつの日か、胸に引っかかったまま、取り除くことが出来ずにいた"何か"があることに気が付いた。
だが、その何かが思い出せない。
ただ、父に関わるものだということだけは、はっきりと断言出来る。
気掛かりとなっているのはいったい何であろうかと、小春はふと思い出しては、物思いにふけっていた。


「はじめまして、小春殿。私は陸伯言と申します」


うやうやしく、丁寧に拱手するその姿を、彼の妻となる小春はこれから何度となく、目にすることになるのだ。

"遜"…孫の一字が組み込まれたその字を、新たな名と定めた彼、陸遜。
小春が夢に描いた孫策とは、比べものにならないほど穏やかで、落ち着いた青年であった。
陸遜と目が合った瞬間、どきりとした小春は、緊張のあまり、言葉を呑み込んだ。


(とても…綺麗なひと…)


吸い込まれそうな茶色の瞳は、幼い小春の心をもときめかせる。
異性など、叔父の孫権か父の義弟の周瑜ぐらいしか知らなかった小春には、若く美しい陸遜はとても眩しく映った。
わたしはこのひとの、妻となる。
まともに挨拶も出来ないまま、頬を赤らめた小春は、俯いた顔を上げることが出来なかった。

しかし、二人で話をする機会を与えられた時、彼はまず、「すみませんでした」と頭を下げたのだ。
政略に使われた姫を哀れと思っての謝罪と受け取り、この婚姻を嫌だとは思っていなかった小春は、微かに胸を痛める。
だがそれも、どうやら小春の早とちりだったようだ。


「私は小春殿の年齢だけを聞き、安易にあなたを幼い姫君と思ってしまったのです。ですがいただいた文や、実際のあなたを見たら…、とても子供とは思えませんでした」

「そのようなこと…わたしはご覧の通り未熟者なのです。不快に感じたりはしません」


…お世辞でも、嬉しかった。
年齢を考えずとも、小春が幼いのは周知の事実であるが、陸遜は小春の所作や大人びた振る舞いを見て、己の考えを恥じたのだと言う。
わざわざ、口にしなければ無かったことに出来たのに、彼はあえて謝罪をし、面と向かって非を詫びた。
とても誠実で、真面目な人だ。
小春は陸遜の外見の美しさだけではなく、その心の美しさにも、惹かれていった。


 

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