恋する小夜曲



(陸遜、さま)


陸遜とは、どのような人なのだろう。
孫権の複雑な胸中など知らず、小春は人伝に聞いた、いずれ夫となる人の情報をかき集め、あれこれと想像した。
この乱世に、疚しい思惑が存在しない縁組みなど、成立するはずがない。
小春は己の運命を嘆いたことはないが、悪く言えば、孫家の駒として扱われたのは事実である。
ただ、大喬が孫権の申し出を受け入れたのは、"陸遜"の評判を聞いた上で信頼出来る男と判断したからだというのだ。

きっと、良いひとなのだろう。
じっくりと考えていたら、いつしか小春の頭の中には、毎日のように思い描いていた"孫策"が居た。
父上のような優しいひとであれば、嬉しい。
早くお顔を拝見したいと思っても、その機会はなかなか訪れなかった。


そんな中、陸遜からの文が届けられた。
小春は胸を躍らせる反面、少し怖いとも感じながら、文を開いた。
綺麗な文字が綴るのは、突然の婚約に戸惑っているであろう小春を労る内容だった。
これ以上無いほどに、丁寧な言葉が並んでいる。
やはりお優しいひとだ、と小春は文字をなぞる。

一生懸命に、返事を書いた。
不束者ですが末永く宜しくお願い致します、と背伸びした言葉を並べ、少しでも彼との差を埋めようとした。
政略結婚であれ、陸遜は妻として娶ることになった幼い姫を、大事に扱おうとしている。
それが陸家の当主としての建て前、だとしても…陸遜への想いは募るばかりだった。



―――――



『大喬には、内緒だぜ?恥ずかしいからな』


乳母を遠ざけ、人気の無いことを確認した孫策は、愛娘の小さな手のひらを握り締め、悪戯っぽく笑った。
揺りかごの中で、小春は真ん丸な瞳に、父親の笑顔を映している。

孫策はしっとりと、歌を唄いあげた。
優しく響き渡るそれは、揺籃歌である。
愛娘だけに聴かせようと、わざわざ人払いをさせたのだ。


『ごめんな。小春…最後まで守ってやれなくて。だから、お前にこの歌を預ける。大事にしてくれよな』


孫策は、己の死期が近いと悟っていた。
言葉も知らない乳飲み子に、歌を贈った。
彼が知る限り、最も優しく気高い人物が紡いだ…、その詩を、娘に与えたのだ。
幸せになりなさいと…、詩人の言葉を借りて願うことが、父親として、最後に出来ることだった。
小春の記憶には残らなくとも、心はきっと覚えていてくれると、孫策は信じていた。


 

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