恋する小夜曲



孫権は「すまない」と申し訳なさそうな顔をして、髪を撫でた。

「謝られる必要などありませんよ」と母は逆に頭を下げた。
では何故叔父上は謝罪をされたのかと、答えを欲した小春は母に質問したが、「孫権様はお優しいのですよ」と寂しげに微笑み、小春の体を強く抱きしめた。



小春の父は、江東の虎と呼ばれた孫堅の長男として産まれた、小覇王と名高き孫策であるが、小春は父の顔を覚えていなかった。
大喬が小春を産み、少しして孫策は病死してしまったのだという。
孫策には大喬を含めて多くの妾が居たが、小春は孫策の最後の娘となった。

そのためか、父の実弟である孫権に父の面影を見いだし、小春は物心が付いた頃から、未亡人となった大喬を保護してくれた孫権の言葉には従おうと、心に決めたのだ。


「わたしの父上は、どのような御方だったのでしょうか」

「あなたのお父様は立派な猛将でしたよ。強くあり、それでいてお優しい…太陽のような御方です。あなたのことも、可愛らしい娘だと、とても愛してくださいました」


小春は大喬から、亡き父の思い出話を聞くことが好きだった。
父を知る者達に度々同じ問いを投げ掛けたが、「孫策様ほど器の大きな男は居ません」と賞賛するばかりで、その人柄については聞くことが出来ない。

大喬は幸せだった日々を思い返しながら…時折悲しそうに、孫策のことを語って聞かせた。
小春は見たこともない父の顔を想像しては、記憶の片隅にも残らない孫策のぬくもりを求め、あたたかな夢を見る。
乳飲み子のときの限られた僅かな時間ではあるが、小春は確かに、孫策と触れあっているはずなのだ。
…少しでも、思い出すことが出来たらと、叶わぬ想いを胸に抱いて。



小春には、孫権が取り決めた婚約者が居た。
孫家と並ぶ名家・陸家の跡取りで、若くして当主となった才のある青年…、と大喬の口から聞かされただけで、小春はその人の顔すら知らない。

孫権は、陸家との親戚関係を作るため、幼い小春の婚約を早々に取り決めたのである。
孫策の遺児を妻にと与える…、それが、陸家を取り入れるため、誰より孫家を想う孫権の、精一杯の策だったのだ。


 

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