慰めてくれる




今日は天気が良く、昨日枯れるほど涙を流したのが嘘のように清々しい朝を迎えた。
小春が笛の練習にと咲良の部屋へ訪れるまで、少し時間がある。
咲良は久しぶりにフルートのケースを開けた。
銀色のフルートを組み立てていくと、それだけで、懐かしいような不思議な気持ちになるのだ。


(ちゃんと、覚えてるかなぁ…)


冷たい金属の感覚は、慣れ親しんだもの。
唇に指先を当て、アンブシュア(唇の形)を確かめる。
フルートを奏でている間だけは、世界一の幸せ者でいられるのだ。
音楽はいつでも、素敵なものだ。
聴き手を涙させることも、笑顔にすることも出来る。
奏者だって、感じることは同じであろう。


(指も動くし…これなら、大丈夫!)


簡単に基礎練習を終え、咲良はもう一度フルートを構え直す。

弟と離れ離れになり、とても痛い思いをしたり、間者だと疑われたり…、沢山悲しいことがあったけど、それでも、この世界は決して悪いものでは無かった。
ただ、久しぶりにフルートを手にして、一番に奏でたいと思った曲は…三國無双ではなく、戦国無双の方だった。
特に最近は大変なことばかりだったから、日本が恋しくなっていたのかもしれない。

二度と帰ることが出来ない、故郷と呼べる場所を思う。
此処では感じられない、家族のあたたかさや、悠生の存在…懐かしい思い出となってしまった、戻らぬ日々。


(…この曲だけは…何度聞いても…)


ブレスの音が、やけに耳に響いた。

【閉幕】と言う美しい曲がある。
ピアノやストリングスが中心の、哀愁漂う切なげな楽曲だ。
桜の散る様子、鹿威しの音、山紅葉や満月、銀色に輝く雪…日本の美しい情景や自然の音が、今でも鮮明に浮かんでくるのだ。
自然の美しさ、と言えば中国だって負けていない、だが、やはり故郷とは何にも代え難い、特別なものである。

懐かしい、そして悲しい。
この曲を演奏し終えた時、一緒にこの夢も覚めてしまえば良いのに、などと思いながら、咲良は切なげな旋律を奏でていた。


「…落涙さま…」

「えっ…小春様!?あ、あれ、もうこんな時間に…」


曲を演奏し終え、一息付いていたところ、背後から小春に声をかけられ…完全に気を抜いていた咲良は、驚くとともに動揺する。
目の前の音楽に没頭していたため、すっかり時間を忘れていたのだ。

謝罪の言葉を考えながら振り返った咲良だが、小春の瞳に浮かぶ涙を見てぴたりと硬直してしまう。
泣かせた、
単純に自分の不手際が原因だと認識し、咲良は慌てて小春の傍へ駆け寄った。


「あああのっ、私っ…」

「やはり…お待ちした甲斐がございました…」

「え?」


 

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