慰めてくれる




「全く、お前という奴は!!」


主が珍しくも怒っているため、周泰は僅かに動揺した。
何故、それほどご立腹なのか。
自分はただ、己の役目を果たそうとしていただけなのに。


「確かに、私はお前を落涙の監視役にすると許可を出した。だが、早く私の護衛役に戻ってほしかったのも事実だ」

「…ならば…何故…」

「周瑜が言っていたぞ。泣かせたのだろう、落涙を」


じっと、一瞬の動揺も見逃さないよう、孫権は瞬きもせずに、周泰を睨むように見つめている。

周泰は落涙と出会うまで、孫権に女人を引き連れる姿など見せたことがなかった。
孫権の護衛として、彼の傍から離れたことが無かったからだ。
女など、遠ざけるべきものである。
命令であれば従うが、もとより周泰には不必要なものだった。

護衛に専念していた周泰が、一時ではあれ傍を離れることとなり、孫権は内心、複雑な心境だっただろう。
常に一諸に居た周泰が、他人に取られてしまうようで。
しかし、人との関わりを苦手とする周泰が、理由はどうあれ、落涙と上手くやっている…、それはそれで、孫権を安堵させていたようだ。

主の機嫌を損ねた原因は周瑜の告げ口…、元を辿れば自分にあると理解した周泰だったが、孫権に嘘を付けるはずも無い。


「…不快な想いを…させました…」

「お前は昔から言葉が足りんのだ。いや…必要な言葉を言わなかったのではなく、不要な言葉を突き付けたのではないか?」


孫権の問いに、周泰は益々頭を悩ませる。

病室に待たせていたはずの落涙を捜し、目にした彼女は泣いていた。
誰から聞いたのか、間者と疑われ周泰が監視をしていることを知り(本来は幻術師として警戒をしていたのだが)、彼女は一方的に喚くだけだった。
涙に濡れた瞳には、悲しみの色がありありと浮かんでいたことを覚えている。
周泰が口にした言葉は、どれも偽りの無い本心からの言葉であったが、落涙は傷付いた表情を見せた。
彼女が得た心の痛みを、周泰には想像することも出来ない。


「…命令ではなく…自分の意志で…護衛を続けていました…と、」

「周泰…、それはいかんだろう。落涙は、お前が未だに疑念を抱え、監視を続けているのだと、勘違いしたのではないか?」

「……、」


落涙は、変わり者なのだ。
人が良すぎるのか、何か別の考えがあってのことか、彼女はどこか浮き世離れしている。
目立たないようでいて、人の目を引き付けることが出来る、不思議な娘だ。
周泰のような無愛想な男が押しかけても、嫌な顔をせず、傍に居ることを許した。
付き合いはごく短い期間であったが、それでも…信頼されていたのだ。

その信頼を裏切った自分が、安っぽい言葉を幾重に投げかけたとしても、深く傷を負わせた彼女の心を癒せるはずが無かった。


「なあ、周泰…お前は、落涙を慕っているのだろう?」

「……いえ、」

「私の目を見よ!さあ、もう一度聞くぞ、お前は…」


孫権の美しい碧眼が真っ直ぐ周泰を貫く。
その視線からは逃れられず、周泰は簡単に負けを認め…、自分の気持ちと向き合うことにした。


 

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