湿った真珠



「だ…大丈夫ですから…!離してください…!」

「……、」


子供と言う訳でもないのに、泣いてばかりいて、はしたない女だと思われてしまいそうだ。
これ以上は、顔を見られたくないのに、やめてと言っても全く聞いてくれない。
恥ずかしさに耐えきれず、咲良は思わず周泰の手を払いのけてしまう。
それには流石の周泰も動揺したらしい。
周泰は自ら体を離し、困ったように咲良を見下ろしている。


「い…意地悪な人は…本当に大嫌いです…!もう、話すことなんてありません。周泰さんは、護衛でも監視役でも無いんだから…」

「…落涙様…俺は…」

「孫権様は、寂しがっていらっしゃるのではないですか?私のような小娘に構うより、戻って差し上げるべきだと思います」

「……、」


孫権の名を出せば、周泰も反論出来ない。
咲良は頭を下げ、背を向けて歩き出す。
それが精一杯の、小さな拒絶だった。

これ以上、深入りしないで欲しい。
護衛が欲しいなんて望んでいなかった。
監視をする必要が無くなったのならば、互いに関わらなければ良い。
周泰には悪いが、傷付いたのはこちらだ。


(バカだなぁ…私…)


意地を張ったのは自分なのに、本当に声をかけてこない周泰に苛立ってしまい、矛盾ばかりの自分に咲良は情けなくなった。
これほど失礼なことを口にしたのだから、酷いことを言われたって仕方がないと覚悟していたのに。


(…嫌いなのは…周泰さんじゃなくて、自分自身だよ…)


心の中が、虚ろになってしまったかのようで、止まったかに思えた涙が再び零れ落ちる。
矛盾していることは分かっているのだ。
多くの秘密を隠し持つ自分が、心から信頼されるはずがない。

でも、決して人を騙しているつもりはなかったのだ。
嘘を付いたのはたった一回だけ。
陸遜へ、彼への気持ちを押しとどめたとき、それだけだ。


「其処に居られるのは、落涙殿か?」

「え……?」


名を呼ばれたことに驚き、顔を上げて前を向いたら、涙で視界は歪んでいたものの、真っ赤な服に身を纏った長髪の男の姿が確認出来た。
どきっとして、咲良は慌てて涙を拭う。
周瑜だ。
これまで、彼と接することは無かったが、落涙の笛を気に入り孫策の法要に招いてくれたのは、周瑜だったはずなのだ。
実質的には初対面なのに、涙でぐしゃぐしゃになった顔を見せるなんて…最悪である。


 

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