湿った真珠



(あ…そっか、だから私…周泰さんに…?)


護衛の、周泰。
話の流れを考えれば、彼が落涙の護衛と称して、予告も無く咲良の前に現れた理由が自ずと見えてくる。

護衛など、周囲の目を欺くための嘘。
落涙の正体を暴くための偽りに過ぎない。
何故、今まで気が付かなかったのだ。
間者の監視役に選ばれた周泰は、城に残る者の中で、最も適役だったのだろう。
ずっと…咲良を騙していたのだ。
疑われても仕方がない立場にはあると思っていた。
咲良には隠し事がありすぎる。
孫尚香でさえ、咲良の存在に疑問を抱いていたのだから。

…それでも、酷く悲しくなった。
落涙に笑顔を向けてくれた孫呉の人々に、存在を否定されたような気がして、胸が痛い。
確信を持ってしまった咲良は、ショックのせいでふらついていたものの、一目散に廊下を駆け出した。


(皆が皆、そう思っているわけじゃない…分かってるんだけど、やっぱり私は…此処にいちゃ、いけなかったんだ…!)


そもそも、生まれ育った世界が違う。
どんなに頑張っても、完全に溶け込むことは出来なかったのだ。
心のどこかで、自分は皆とは違うんだと、どうしても割り切れない部分があったから。
故郷に帰りたいと願う自分が、この世界で居場所を求めること自体、間違いだった。


「…落涙様…!お待ちを…」

「っ……!」


いつの間にか、後を追ってきたらしい周泰に手首を掴まれ、強制的に止められてしまう。
勢いに任せて走った咲良は、呼吸をするのも苦しいと言うのに、周泰は息一つ乱していない。


「…一体…何が…」

「…別に、何でもないです」

「…しかし…ただならぬご様子で……」


周泰がじっと見つめてくるため、居心地が悪く、咲良は俯いて顔を隠した。
自分が、嫌になってしまう。
このぐらいで、自分に都合の悪い噂話を聞いただけで、もう涙が我慢出来ない。


「私が疑わしいなら、牢屋に入れてくださって構いません」

「…何を…」

「だって…!周泰さんは私を間者だと疑って…監視しているんだって…」


嗚咽混じりの涙声を出してしまったら、もう引き返せない。
周泰は命令されただけなのかもしれないが、これまでずっと、疑いの目で見られていたのだ。
裏切られたと感じるのは、身勝手であろうか。
とめどなく頬を伝う涙は静かなのに…、心は悲鳴を上げている。


 

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