春風の愛撫



「…ずっとひとりで、悩んでいたんだね。頼りないけど、あたしで良かったら聞いてあげるよ!」

「わ、私は……」

「だって、それが落涙ちゃんの心の枷なんでしょ?」


甘ったるい香りが鼻につく。
女の子の部屋だから別に不思議なことは無いが…よく見ると、棚の上に香炉が置かれていた。
部屋に充満していた香りの正体は、どうやらお香だったようだ。


「もう私にとっては過去のことなんですよ。以前の私は…凄く、寂しさを感じていました。だから、少し優しくされただけで舞い上がってしまって…つまり、私は単純なんです」

「あたしも単純だから、別に良いと思うけどな…ダメなのかな?」

「…私が、浅はかだったんです。好きになってしまったら、自分が苦しむことになると分かっていたのに、優しさに触れたら、あたたかくて…あの人…陸遜様…は、」


本当は、裏表がある人なのだと思う。
分かりにくいのだ…いつも笑っていたから。
責任感が人一倍強くて、決して弱みを見せたりはしない、強くて…でも、弱い。

陸遜は、寂しさで欠けた心の隙間をその細やかな気遣いや優しさで埋めてくれた。
たったそれだけで、心惹かれる十分な理由となったのだ。


「なんか…、ごめんね。無理に聞き出しちゃって、つらい想いをさせちゃったね」

「え?いいえ…、って私…!小喬様、このことはどうか小春様には…!」

「勿論だよ!誰にも言わないよ。約束!」


そこまで喋るつもりはなかったのに!
ついうっかり、陸遜の名前を口にしてしまい…、これでは誤魔化しも通用しないではないか。
小喬は他言はしないから大丈夫だと励ましてくれるが、咲良はがっくりとうなだれた。


「じゃあ、落涙ちゃんは…小春ちゃんのことを考えて身を引いたんだね」

「それもありますが…、自分があらゆる点で小春様に劣っていることも分かってますし…、それに今は、陸遜様よりも小春様のことが大好きなんですよ」


同時に、「早く新しい恋をします」と決意表明をする。
これ以上話し続けたら、さらに分の悪いことまで口にしてしまいそうだ。


「…落涙ちゃん。あなたは幸せにならなくちゃ!一度、悲しい想いをしたんだもん…」

「ありがとうございます。ちゃんと、幸せを見つけたいと思います」

「甘寧様も良いけど、孫呉には素敵な人がたぁくさんいるんだからね?あたしも一緒に考えてあげる!」


咲良を幸せにしてくれる相手について、小喬はうんと悩んだ末に、「やっぱり周瑜様が一番かっこいいかなぁ!」などと少しずれてはいるが、正直な答えを出した。

窓の外では、変わらずに雨音が響いている。
土砂降りの雨のように、咲良の心も、いろいろな想いがあいまってぐちゃぐちゃだった。


 

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