春風の愛撫



相変わらず、どんよりとした曇り空ばかりを見続けている。
雨は降ったり止んだりの繰り返しで、髪の毛のうねりも最早直しようがなく、毎日うんざりしていた。


咲良は小春と並んで廊下を歩いていた。
後ろには彼女の女官が着いてくるだけで、護衛の周泰の姿は無い。

この辺りは、咲良も一度も踏み込んだことの無い領域である。
それ相応の身分を持った女人が住まうところであり、基本的に、男性は立ち入り禁止とされているのだ。
入り口に残してきた周泰には申し訳無く思うが、それよりも咲良は、別の不安を抱いていた。


(毎日小春様を見ていたから、小喬様のことって、あんまり考えてなかったなぁ…)


小春の顔をちらりと見たら、彼女は何の疑問も持たず、にこっと微笑み返してくれた。
やはり可愛い人だ。
その笑顔は、本当に小喬そっくりなのだ。

今日、姪である小春を通して、咲良に会いたいと願ったのは他ならぬ小喬である。
突然、誘われたのに深い理由は無いようだが、緊張してしまうものは仕方がない。
小喬はあの天才軍師・周瑜の夫人なのだから。


「小喬さまは自室に居られます。わたしは習い事があるのでお付き合い出来ませんが、楽しんでくださいね?」

「あ、ありがとうございます、小春様」


部屋まで案内をしてくれた小春は、小喬の女官に挨拶をし、咲良に再び笑顔を向け、そのまま立ち去った。
小喬と二人きりになる可能性は考えていたが、緊張が押さえられないぐらいにドキドキしてきた。
同時に、わくわくする自分も居た。
小喬は可愛い人だろうが…実際に目にする彼女は、きっと本物の美女であろう。

小喬の女官に通されて、咲良は内装が豪華な個室に足を踏み入れる。
ふわ…と香った良いにおいは、香水だろうか?
中を覗くと、可愛らしい服を着た小喬が、椅子に座って足をぶらぶらさせているのが見えた。


「失礼致します、小喬様。今日はお呼びしていただけて、とても嬉しく思い…」

「落涙ちゃんっ?来てくれたんだぁ!」

「……、」


ぱあっと、光の粒が弾けたかのようだ。
あまりに小喬がフランクな態度で接してくるため、咲良は安心すると同時に、拍子抜けした。
愛くるしい笑みを浮かべる小喬は、ゲームに比べたら子供らしさは抜けたように見えるが、性格はほとんど変わりないようだ。


「よく来てくれたね!ささ、座って!お菓子を用意して待っていたの!」

「気を使っていただいて…ありがとうございます」


大喬の妹・小喬。
柔らかそうな茶髪を高い位置で結い、顔は小さく目は大きくて、人形のよう。
小春の叔母に当たる人だが、若々しく…咲良よりもずっと幼く見える。


「お姉ちゃんが、落涙ちゃんを小春ちゃんのお師匠様にしたって聞いて…、あたしも、一度会ってお話ししたいなって思っていたの」

「私も、小喬様にお会い出来て嬉しいです」

「そう?良かった!」


無邪気に微笑み、元気を振りまく小喬は、思っていた通りの可愛らしい人だった。
周瑜が夢中になる気持ちもよく分かる。

そわそわとする咲良を余所に、小喬は忙しなく菓子を並べたり、茶器に湯気のたつ茶を注いだりする。


 

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