微かな調べ



「…今も、声が聞こえます…雨音の中に紛れ…俺を責める声が…俺が死なせた者たちの…無念が…」

「…周泰さん…っ…」


あまりにも痛々しい顔をするから、咲良はたまらず、周泰の手を握り締めた。
氷のように冷たくて、ひんやりとした手のひら。
驚いたように目を丸くする周泰だが、それでも、彼は咲良が手を握った理由を尋ねたりはしない。

咲良はそっと…、あたためるように、周泰の手を包み込んだ。
数々の敵将を討ち取ってきたであろう、その手。
孫呉のため、孫権のために、周泰はいつも命を懸けて戦ってきた。
大切なものを守るために、誰よりも懸命に戦う人なのだ。


「周泰さんの大きな手…私には、恐ろしいものには思えません。とても優しく感じます」

「…何故…そのようなことを…」

「何故って、周泰さんがお優しいからですよ。周泰さんが抱える罪だとか…私には、分かりませんが、人の痛みが分かる周泰さんが、とても好きですよ」


今度こそ、周泰は目を大きく見開かせた。
信じられないとでも言いたげに、咲良をじっと見詰める。
珍しくも、彼の顔には困惑が見て取れた。
握ったままの手が、徐々にあたたかくなる。
ついには周泰の方が、咲良の手をぎゅっと握り返した。

そして、言葉が紡がれる。
雨音にかき消されそうなほど、小さな声だったけれど、咲良は聴き逃さなかった。


「…俺は…貴女の音が…聴きたい…」

「はい、喜んで!…って、その前に服を着てください!本当に風邪を引いてしまいますよ!」

「……、」


ぱっと手を離した咲良は、今更恥ずかしさが湧き上がってきて、周泰に背を向けて俯いた。
だから、周泰が微笑んでいることにも、気が付かなかった。

…雨は、やっぱり悲しいものだ。
ちっぽけな涙なんてひとたまりもない。
いつしか存在まで消されてしまいそうだ。
汚れを洗い流すように、いとも簡単に。

だけど、誰かと二人で居たら、雨も怖くない。
こうして、良い思い出を沢山作っていけたら、いつか雨を好きになれるかもしれないと、そう思えた。



END

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