微かな調べ



(雨が降っているから…余計なこと、考えちゃうんだ)


数日の間に、咲良は何度となく同じことを考えた。
この曇った空の下に続いている、荊州…樊城にも、雨が降っているのだろうか。
現に、ゲームでも樊城の戦いの際には、沛然と雨が降っていたことを覚えている。
今、咲良が此処で過ごしている間も、戦が激化しているのだ。
…そして、この戦の結末は。


「雨なんて、ろくなことがありません…面倒なことばっかり…。悲しく、なってしまうんです」


戦で流れた血を、雨は綺麗に消していく。
今までそこにあったはずの尊い命と共に。

これは、同情だ。
情けないことに、勝手な想像をしては、咲良は思い悩むことを繰り返していた。

無双のキャラクターに感情移入し、特別な想いを抱いてしまった。
日々多くの人間が命を落とす乱世の中で、名を知る人の死のみを悼むなど、都合が良いとしか言えない。
それでも、関羽と関平の死は、咲良の心に重くのし掛かる。
劉備の怒りや、星彩の悲しみを想像するだけで、胸が痛む。

しかし、彼らにとって自分は敵である。
ここが現実と認めた今は、彼らは無双のキャラクターではなく、一人の人間だと意識しなければならない。
孫呉に居る限り、咲良が蜀の不幸に涙することは許されないのだろう。


(でも、もし悠生が蜀に居ると分かったら、私はきっと…迷わず呉から出て行くよ。そういう人間だよ…私は…)


ここにも、大切な…大好きな人達が居る。
だが、悠生以上の存在が現れることは、決して有り得ない。


「…俺も…雨が苦手でした…」

「え、周泰さんもですか…?」

「…雨は…血を流す…勝手に、罪を消し去ろうとする…消えるはずがないのに…」


傷だらけの手を見つめ、重々しく呟く周泰に、咲良は言葉を失ってしまった。
口数も少なく、弱音を吐いたことも無いであろう男が、苦しげな声を絞り出し、今初めてその心を打ち明けたのだ。
胸の中にしまい込んでいた罪を、懺悔するかのように、目を閉じた周泰は、雨音より遥かに小さな声で想いを吐き捨て、悲しみを振り切ろうとしていた。


 

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