微かな調べ



「…お許しを…。護衛が…持ち場を…離れるなど…」

「そ、それより!早く体を拭かないと風邪をひいてしまいます!えっと…あっ、屈んでください!早く!」

「……、」


お手を煩わせる、などと発言されたら何も出来ないので、有無を言わせないうちに、咲良は周泰に屈むよう頼んだ。
先程自分が湯浴みに使ったタオルだが、ちゃんと水洗いはしたし、そこまで汚くはないはず…、と考えながらも、髪から滴る雫を拭い、丁寧に拭いていく。
厚い耳や、消えない傷痕の上は慎重に。
指先で触れた頬はとても冷えていた。

目を閉じ、されるがままになっている周泰だが、この様子では、咲良が浴室に入ってすぐに彼は外で自然のシャワーを浴びたのではなかろうか。
いったい何があったのだろうか。
甘寧ならともかく、至って真面目な周泰がこんな暴挙に出るとは思えない。


「…落涙様…」

「はい?」


ぱち、と開かれた瞼、その下の瞳に咲良が映っている。
今更ながら、かなり近い位置に周泰の顔があり、その距離感に動揺してしまう。
申し訳ありません、と周泰は静かに呟く。
顔を背けられただけではなく、視線までも逸されてしまう(ちょっと、傷付いた)。
咲良が手にする白い手拭いは水分を含み、びしょびしょだった。


「…少々…こそばゆく…」

「え?あぁ!くすぐったかったんですね。ごめんなさい、私、気付かなくて…」


真剣になって雫を拭っていた咲良には、くすぐるつもりなど無かったのだが…、周泰は周泰で、言い出すことが出来なかったようだ。
咲良は相当困った顔をしていたのだろう、周泰は再び、同じ類の謝罪の言葉を口にする。
謝られると、困ってしまうのに。
実際、周泰も咲良も、頭を下げて謝らなければならないほどの悪い行いをした訳ではないのだから。


「そのままでは風邪をひいてしまいますから、女官の方に着替えをお願いしてきます。周泰さんは、私の部屋で待っていてくださいね!」

「……、」


女官を呼ぶためにと、咲良は控え目に廊下を駆ける。
周泰は何か口にしかけたが、咲良は急ぐあまり、彼の制止の言葉を聞き逃してしまった。


 

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