微かな調べ



その日はしとしとと雨が降っていた。
乾燥しきった大地への、恵みの雨である。


(…雨かぁ…)


午後、晴天時ならまだ明るい時間帯だが、咲良はひとりで湯浴みをしながら物思いにふけっていた。

咲良は共用の浴室を使用していたが、同じく湯浴みにくる女官達と被らない時間帯に赴いては、汚れを落とす程度、さっさと済ませていた。
他人に肌を見せるのが恥ずかしいから、というのもある。
それに、毎日湯が張られる訳でもないし。
怪我はほとんど治っているから風呂に入るのが困難と言うことは無いが、周泰が護衛となった今は更に気を使い、のんびりすることは出来ない。

咲良の入浴中は、周泰は脱衣場の外、廊下で待っていてくれるのだ。
周泰は物静かだが体格が良いので、廊下に立っていられるととても目立つ。
見た目から判断し、彼のことを怖がる女官も居るようなのだ、それでは周泰にも彼女達にも申し訳無い。


「周泰さん、お待たせしまし……あれ?」


咲良は手早く着替えをし、髪は半乾きだが気にせず、荷物を纏めて脱衣所を出た。
いつものように、窓の外を眺めながらぼうっと突っ立っているものだと思ったのだが、周泰の姿はどこにも無い。

先に戻ってしまった?
それは有り得ないだろう、周泰は任務に忠実な人だ。
夜になり、咲良が眠るときだけは流石に部屋から出ていくが、他の時間はほとんど一日中、傍に居たのだから。


(どうしようかな…)


窓の外では、休む間もなく雨粒が地面に叩きつけられ、激しい音を生み出している。
咲良は昔から、雨が嫌いだった。
髪の毛は上手く纏まらないし、服は濡れるし、汚れる。

一番の理由は、じめじめとした湿気が楽器の天敵だということだ。
フルートは影響が少ないとは言え、小春の愛用する笛は金属製ではなく木製であるため、湿気を吹い、せっかくの美しい笛の音までが重々しく感じられて…、咲良は朝から気分が滅入っていた。


(だからって…こんなに苦しい気持ちになるのは…おかしいな…)


その場で少し待ってみたが、周泰はなかなか戻って来ない。
湯冷めをして体調を崩しては迷惑をかけてしまうと思い、辺りを捜してみて…見つけられなければ先に部屋に戻ろうと考えた。

雨の日は、苦手なのだ。
自分以外の音をかき消してしまう、冷たいものだと思えてならない。


「あ…あれ、ちょっ、周泰さん!?」


咲良は驚きに思わず声をあげた。
渡り廊下に差し掛かったとき、此方に向かって坦々と歩いてくる周泰と出会した。
だが、何故か周泰は全身びしょ濡れで…、今まで何をしていたか、雨に打たれていたのだと、考えることもなく、一目瞭然だった。


 

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