眼差しの中で




「…落涙様…」


低い声が降ってきた。
まだ陽は高く、明るい空の下、賑わう町には多くの人が行き交っている。
その小さな呟きは、往来のざわめきにかき消されてしまいそうだ。

徒歩で城へ向かっていた咲良は、少し後ろを歩いていた周泰に名を呼ばれ、足を止めた。
何事かと長身の彼を見上げると、周泰は何か言いたげではあったが、唇を結び黙っている。


「あの、何か…?」

「……、」

「……あの…、今、私の名前、呼ばれましたよね?」


こうも黙されてしまうと自信が無くなってしまい、咲良は恐る恐る事実を確認する。
不安になって、視線もさまよわせていたが、このままでは埒があかないと意を決した咲良は、じっ、と周泰の目を見た。

すると周泰は言葉を与えるよりも先に、咲良の頬に手を伸ばす。
びくりとして思わず身構えるも、周泰は静かに、指先で咲良の目尻を拭ったのだ。
まるで涙を拭うかのような仕草に、咲良は瞳を瞬かせて驚く。
今日はまだ…、泣いてもいないのに。


「…無理を…しておられる…痛々しい…」

「無理なんて…してるように見えますか?…えへへ、私、泣いてばかりだから、心配してくださったんですね。でも、大丈夫ですよ?少しだけ、落ち込んではいるんですけどね」

「…我慢など…。貴女はいつも…」

「自分のことは自分にしか分からないでしょう?だから私は、私のことをよく分かっているつもりです」


心の内を見透かされたことが恥ずかしくなり、顔も見ずに周泰の発言を遮ると、元々声に覇気が無い彼は押し黙ってしまった。
…我慢など、しているだろうか?
八方美人で、皆に良く思われようと意識して振る舞っている、そんなのは昔からだ。

我慢をしているかと問われたら、迷わず、していないと答えるだろう。
城では優遇され、皆に良くしてもらい、こうして不自由も無く暮らしていける。
我が儘を言える立場には無い、いや、本来なら、不満だって無いはずなのだ。


「…正論ですが…お辛いように見えます…泣くことさえ…我慢されたら…貴女は…」

「だって…私が泣いたら、周泰さんを困らせてしまうでしょう?」

「…俺は…」


周泰の手をやんわりと外し、咲良はにっこりと笑ってみせた。
…だが、その眼差しは強く、簡単には誤魔化せそうにない。
それ以上何か言われる前にと、咲良は再び歩き始めた。
涙なら、一人の時に存分に流せる。
他人に心配をかけるのは…、嫌なのだ。


「…泣かれては困りますが…貴女が俺を…頼ってくだされば…うれしい…」

「え、嬉しいんですか?」

「…いえ…、いや、…そうです…」

「それじゃどっちだか分かりませんよ?変な周泰さん。でも、可愛いです」


くすくすと笑いがこみ上げてきて、堪えようとしたが、押さえきれなかった。
しどろもどろに言葉を繋げる周泰が、可愛く思えてしょうがない。

自分は誰より恵まれている。
きっと、周泰に励まされている今、咲良は幸せ者になれたのだ。
そう思ったら、一滴だけ涙が頬をつたった。


(…ありがとう、周泰さん…)


貴女こそ可愛らしい、と周泰が呟いた気がしたが、きっと空耳だ。


END

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