眼差しの中で
「そうかい…あんたになら…、落涙を任せても良いかもしれないね」
「ら、蘭華さん!何を言って…!!」
「ははは!!冗談だよ。お前さん、少し席を外してもらえるかな?久しぶりに、落涙と二人で話をしたいんだ」
ありもしないことを口にされた咲良はいよいよ顔を赤くするが、蘭華の一言により呆気なく片付けられる。
わざわざ城下町まで付き合わせているのだ、除け者にしては周泰に申し訳ないだろうと思ったが、咲良が何か言う前に、周泰は「お気になさらず…」と呟き廊下へ出て行ってしまった。
「はあ…蘭華さん、周泰さんと私はほぼ一日中一緒に居るんですよ?だから、気まずくなるようなことは…」
「だけど、あんたが気にしなければ良いことだろう?それより、椅子にお座り。周泰様をあまり長く待たせては申し訳ないからね」
勝ち気な性格だからこそ、蘭華は軽く考えているようだが、咲良にとっては大問題である。
しかし、先程の周泰の冷静な表情を思い出すと…、咲良が先のことを不安に思う必要は無いのかもしれない。
全く相手にされていない…と言うのも、それはそれで複雑ではあるが。
「周泰様に出て行ってもらったのは、咲良に、閉月のことを話そうと思ってね」
「えっ…貂蝉さんの…?もしかして、見つかったんですか!?」
「いいや。あの娘の行く先は知れないままだよ。…すまないね、あんたは誰よりあの娘を好いてくれたのに…」
こうも改まって、閉月…貂蝉の話をされるとは思ってもいなかった。
とても辛そうに話す蘭華の顔を見れば、未だに貂蝉は帰ることが出来ない状況なのだと、言葉で告げられる以上に実感させられる。
「私は十数年前、あるお偉いさんに気に入られて歌妓をしていたんだ。其処で過ごす内に、私は美しい娘に出会った…幼いながら、儚げで、傾国と呼ぶに相応しい娘だ」
「貂蝉さん…?」
「そうさ。その頃はほとんど言葉を交わさなかったけど、十数年経ってあの娘は私の元を訪ねてきたんだ」
お偉いさんとは、恐らく王允のことであろう。
貂蝉の義父で、彼女を使い、連環の計にて呂布に董卓を殺させた。
歌妓として王允に仕えていた蘭華は、幼い頃の貂蝉に出会い、いつしかその美しさが世を惑わすことになるだろうと、予期していたようだ。
その時は、薄い繋がりだったかもしれない。
だが…、貂蝉は蘭華を頼ったのだ。
愛する人を失い、どうしようもなくなった貂蝉が助けを求めたのが、蘭華だった。
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