眼差しの中で



突然、蘭華に会いたくなったのだ。
咲良が小春の師に就いてから、蘭華は気を使ったのか、はたまた仕事が忙しいのか、見舞いには訪れなくなった。
傷はほとんど完治しているし、痛みはすっかり引いたのだが、医師の許しが出ないため…、蘭華の店に戻り楽師として仕事をすることは出来ない。
だけど、どうしても蘭華の声が聞きたい。

今日の小春への笛の指南を終えた咲良は、護衛役の周泰にそれとなく、城下に行きたいと切り出してみれば…彼は一言「お供します」と答えてくれた。



(ああ、ほんとに来ちゃった)


咲良が蘭華の店を離れてから、それほど月日が流れた訳では無いのだが、随分と懐かしく感じる。
連絡も無しに突然訪れては、蘭華を困らせてしまうだろう。
でも、顔を見るだけだから。

陽の明るい内は開店準備に忙しいことは知っていたが、咲良はタイミングを見計らって、蘭華の店の戸を叩いた。
応対してくれたのは、顔馴染みの楽師だ。
これは好都合だった。
何も知らない蘭華に、咲良に連れが居ることを伝えてもらえる。
周泰と一緒だから、彼の前で"咲良"と呼ばれるのは気まずかったのだ。


「落涙!よく会いに来てくれたね…もっと顔を見せておくれ。もう大事無いのかい?」

「蘭華さん…私は大丈夫です。会いたかったです…!」


案内された部屋で、咲良は久方振りに蘭華と再会した。
彼女はまるで母親がするように、怪我を気遣いながらも咲良を強く抱き締めた。
蘭華の腕の中で心地よいあたたかさを感じながら、目を閉じる。
いつもならここで、感極まって涙を流していたことだろう。
だが、また泣き虫だと笑われてしまうから、咲良は泣かなかった。


「元気そうで何よりだよ。怪我の具合はどうなんだい?」

「痛みは全然無いんです。でも、もう少し様子を見ましょうって…」

「落涙、早く笛を吹きたいんだろうが、無茶はいけないよ。まあ、あんたのことだから心配はしていないけどね!ところで、其方の御仁は…」


咲良の連れとして店を訪ねた周泰を見た蘭華は、興味津々といったように視線を送る。
すると周泰は拱手し、軽く頭を下げた。
意図的かは分からないが、周泰からはまともに気配が感じられず、しかも言葉を発さないため、空気と同化しているかのようだった。


「落涙の良い人かい?えらく男前だねえ!」

「ちちっ、違いますよ!何を言っているんですか!?周泰さんは、私の護衛をしてくださっているんです」

「護衛だって?」


咲良が慌てて周泰を紹介すると、それまで気さくな笑顔を浮かべていた蘭華は、急に真面目な顔をし、周泰を見据えた。
蘭華の表情の変化に、咲良は違和感を覚え、不思議に思って首を傾げたが、周泰はその視線にも何ら反応を見せない。


 

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