輝ける言葉



周泰という人のことを、咲良はあまり知らない。
元は、水賊として生きていたのだという。
背が高くて、普段から口数も少なく大人しいが、いざという時は強くて頼もしい…、孫権に絶対の信頼を置かれている人だと、咲良が知識として記憶していたのは、その程度である。


(護衛って、ずっと一緒にいるのかな?)


小春が部屋を後にし、周泰と二人きりとなってしまった訳だが…、かつてない気まずさに咲良は黙り込んでしまう。
静寂をこれほど苦痛に感じたことはない。
未だに周泰の視線は止むことなく痛いぐらいに(椅子に座ってくれないので上方から)降り注いでくる。

付き合ったことのないタイプだと思う。
何を考えているか、どんな話題をふれば答えてくれるのか、全く分からない。


「あの…、私に護衛を付けるより、孫権様のお傍に居て差し上げた方が…」

「…命令ゆえ…、孫権様には…俺以外にも護衛が居るので…貴女が俺に構う必要は…ありません…」

「……、」


周泰の存在は無いものとしていつも通りに過ごせとでも言いたいのだろうか。
しかし、何をしようとも彼の視線が追い掛けてくるのだから、気にせずにいることなど難しいだろう。
護衛、と言うよりも監視をされているような、…下手をしたら迷惑だと思ってしまいそうなぐらい、複雑な気分である。

蘭華の元で楽師をしていた時よりも、城へ招かれてからの方が、咲良にとっての自由な時間が増えた。
小春の笛の師として使える時間は、本当に僅かなもので、怪我が治りきっていない咲良は、むしろ暇な時間を持て余している。
蘭華の店に居た頃は、半日以上笛に触れていたのだから。

楽師は基本、美しい舞姫を引き立てるだけの存在で、自身に注目されることは少ない。
旋律だけを届けるならば、目を閉じて聞いてもらった方が余計な刺激を受けずすんなりと耳へ入るはずだ。

だが、此処で咲良は、法要で音曲を披露した楽師、と言うよりは…大喬様に招かれた小春様の笛の師という扱いをされている。
勿論、大喬や小春は素直に歓迎してくれているが、一部の人々は、孫呉の将が怪我をさせた責任を取るために仕事を与えている、と評価している。
ただの小娘が優遇されることに腹を立て、快く思っていない人も居る…気がする。

冷静に考えてみれば、後先考えない自分の行動にも問題があると思ったので、良からぬ噂が聞こえてきても無視し、気にしないようにはしていたのだが…
まるで展示物のように、興味本位で咲良を見る人々が居ることも事実である。


(…がっかり、しちゃうって言うか…残念?違うな…)


余計なことを考え、自身を追い込んだ結果、がっくりと落ち込む、最近はそんなことの繰り返しである。
自分の力だけでこの世に馴染めた訳では無い。
そこまでの笛の腕があるとは思わない。
人の助けがなければ生きていけないのに、人の視線に怯えて生きているなどと、矛盾しているではないか。

どうしてこんなに落ち込んでいるのだろうと、咲良は小さく溜め息を漏らした。
するとそれまで己の存在を消していた周泰が、がたっと物音をたてる(手が壁に当たったらしい)。


 

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