輝ける言葉



それはあまりにも唐突な出来事だった。
彼の本意を考え、想像する時間も与えられなかった咲良にとっては、ただ居心地の悪いものとしか感じられなかったのだ。


「えー…っと、」


彼が咲良の部屋に訪れたのは、意外なことだった。
今まで何人か、主だった人物とは顔を合わせてきたが、咲良は彼とまだ言葉を交わしたことがない。
三國無双のキャラクターの中で最も口数が少なく、寡黙な男だと思われるその人は、用件も話さず…、扉の前に立ち尽くしている。

いつものように、小春に笛を教えていた咲良は、向かい合って座っていた小春と、顔を見渡せた。
彼女ならば何か聞かされているかも、と思いきや小春にも理由が分からないようで、首を傾げている。


「周泰将軍…、如何なされましたか?」

「…いえ…落涙様の護衛を…任されましたので…」

「まあ!落涙さまの?」


必要以上のことを口にしない、途切れ途切れの話し方も、彼、周泰の特長である。
小春が驚くのも無理はなかった。
孫策の娘である小春の護衛に選ばれたとなればまだ分かるが、何故、雇われ楽師の落涙に?

確かに、戦のため建業城の守りは薄くなっているがしかし、周泰のような…彼は孫権が最も信頼する護衛のはずなのだ。
このような時に、わざわざ周泰を寄越すなど考えられなかった。
咲良自身、護衛が欲しいと誰かに頼んだ覚えも無い。


「周泰将軍、申し訳ないのですが、お話は後でうかがいましょう。今は其方でお待ちになってください」

「…御意…」


限られた時間の中で笛の指南を受けていた小春は、周泰に暫く待ってもらうように願った。
小春は女官に椅子を用意させたが、周泰は遠慮しているのか椅子に座ろうとはせず、壁に寄りかかり、ずっと一点を見つめていた。


(見られてるとやりにくいんだけどな…!笛の先生だからって、私は偉そうなことを言える立場じゃないんだし…)


指導というほど本格的なものではないが、小春に音曲について教えを授けている訳である。
傍で見学をすることとなった周泰が、どのように受け取るか、不安だ。
もし、小春相手に少しでも無礼な発言をしたなら…無言で威圧されそうで、怖い。
もしかしたら、自分がフルートを演奏して聞かせる時よりも、緊張しているかもしれない。


「で、では…最初から通して今日は終わりにしましょう?一つ一つの音に表情を付けて…歌わせるように…」

「はい」


楽譜上の全ての音符に気を使い、表情と色を付けていく。
休符さえも、音の無い音符だと認識して演奏することが大事なのだ。

小春が奏でる美しい旋律を、周泰は瞬き一つせずに聞いていた。
そのうち、咲良はあることに気付いた。
嫌でも気付かされてしまった。
突き刺さるような…、直に受け止めたら震え上がってしまいそうな、その視線の先にあったものは。
周泰の目に映っていたのは、小春ではなく、咲良の方だったのだ。


 

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