夕べの星



陸遜に引き止められ、咲良は思わず、扉に向かって走ろうとした足を止めてしまった。
十中八九酒のせいではあるのだが、気分が悪くなっているのが自分でも分かったので、風にでも当たろうかと、外に出るつもりでいたのだ。
先程からどきどきと動悸がおさまらず、呼吸をするのもいちいち苦しい。
きっと頬も青くなっているはずだ。


「落涙殿、酒が苦手なのでしょう?無茶な飲み方をするからですよ」

「う…、ごめんなさい…」

「此処では落ち着けませんね。夜風に当たれば気分も良くなるかと思います。私がお付き合いしましょう」


まさか、わざわざ陸遜が付き添ってくれるとは…、緊張して逆に具合が悪化しそうである。
…嫌われてしまった、と思っていた。
自分勝手な落涙に愛想を尽かしたのだと。
友達にもなれそうだったのに…、陸遜との距離が開いてしまった。

それきり、ぎこちない関係が続いていたはずだが、陸遜は手を差し伸べてくれた。
親切心に違いないが、どうしてとその理由を尋ねる前に、今度は陸遜に手を引かれてしまう。
握られた手にびくりとし、咲良は躓きながら宴会場から連れ出された。

後で、尚香に謝らなくてはならない。
彼女の舞いをとても楽しみしていたのに、後少しが耐えられないほど気分が悪かったのだ。
もしあの場で吐いたりしたら、それこそ宴の雰囲気をぶち壊していただろう。


「あの…陸遜様にご迷惑をおかけする訳には…私、ちゃんと一人で戻れます。道も間違えませんから…」

「いえ、廊下で倒れられでもしたら困りますからね。あなたの身に何かあれば、大喬殿に申し訳が立ちません」


陸遜は"あなたのためではない"と言うことをやけに強調した。
落涙を小春の師として招いたのは大喬であり、今やほとんど客人として扱われている。
ゆえに陸遜は咲良に気を使っているのだ。

しかし、この気まずい空気の中、陸遜は何故平気でいられるのだろうか。
こうして手が触れていても、陸遜を遠くに感じてしまう。
振り向かずにただ前へ進む、陸遜の後ろ姿が、何だか悲しかった。


(…嫌われたままかもしれないけど、そのまま終わらなくて、良かったかな…?)


薄暗い廊下を暫く進み、外へ出ると、長い石階段が見えた。
触れた外気は冷たく、思ったよりひんやりとしていたが、今はそれが心地良く感じる。
陸遜は上着を脱ぐと、丁寧にたたんで、ぼうっとする咲良に、その上に座るよう促した。


「お座りください。冷やしすぎても体に良くありませんから」

「……、ありがとうございます」


夜風よりも、長時間冷気に触れていた石階段の方が冷たいのだ。
陸遜様の服を尻に敷くなんて…!と躊躇いが全く無かった訳でもないが、立っているのも辛かったので、咲良は静かに腰を下ろした。

吐きだした息が少しだけ、白く見える。
見上げた夜空は遮る物が無いためか広く感じられ、日本ではまず見られないような、綺麗な星空が拝めた。
散らばる星が柔らかく輝くから、明るい。


「星見をするならば、相手は甘寧殿の方が宜しかったでしょうか?」

「そ、そんなことありませんよ…!と言うか、好きな人に醜態を見せるのは恥ずかしいですから」

「ふふ…、そうですね」


心から、好きだとは思っていないけど。
そういうことにしてもらって構わないのだが、酒に酔った脳は、勝手なことばかり口にする。
都合の悪いことや…、いつも我慢して隠している、我が儘だとか。


「…陸遜様。酔っ払いの戯れ言だと思って聞いてくれませんか?」

「ええ、良いですよ。何でしょうか?」

「私…、今回の戦に同行したいなって思っていたんです。勿論、私には戦う力がありませんから、思っているだけで…誰にも、言えませんでしたが」


すぐ隣に座る、陸遜の目の色が変わった…、ような気がする。
純粋な疑問ではなく、強く警戒心が込められた疑念を抱かれている。


 

[ 78/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -