夕べの星



凌統の傍に座してすぐ、なみなみと注がれた酒を差し出されて、咲良はぴたりと硬直する。
新たな試練を与えられた気分である。
お酒は無理です、なんて宴の空気をぶち壊す発言が許されるはずもなく、だからと言って口にするのは勇気が要るため、咲良は真剣に、受け取った酒の処遇を考えていた。


「おっ、陸遜が舞っていたんじゃねえか」

「今更?俺もさ、軍師殿の剣舞、初めて見たけど素晴らしいもんだね」


甘寧と凌統、二人の会話を聞き、陸遜の剣舞が披露されていたことを知る。
音楽ばかりに夢中になっていた咲良は、全く気付いていなかった。
舞台に視線を向ければ、確かに、楽師の演奏に合わせて舞っていたのは、赤い衣装を身を纏う陸遜だった。


(うわ、わわっ…すごく、綺麗…!)


咲良は興奮のあまり叫びそうになり、慌てて手のひらで口を押さえた。
双剣を自在に操る陸遜は、ふわりと茶髪を揺らして軽やかに、時に力強く舞ってみせる。
まるで、空を飛んでいるかのようだった。

短い間ながら共に暮らしていた貂蝉の舞いは、毎夜のように目にすることが出来ていたが、咲良が男の人の舞いを見るのは初めてのことである。
言葉に出来ないほど、感動していた。
胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられるのは、奏でられる音曲が素晴らしいから…、きっと、それだけでは無いはずだ。


(駄目だよ…、やばいもん…)


じくじくとした痛みが引かない。
咲良は涙こそ流さなかったが、この息苦しさは…嗚咽する前によく似ていた。

舞いを披露し終え、陸遜は額に汗が光っていたものの、皆の歓声に涼しい笑みを浮かべる。
そして、新たに咲良も加わった、仲間の待つ席へ戻って来た。

目を合わせることを恐れた咲良は、受け取ったばかりの酒を、意を決し、ごくごくと喉を鳴らし一気に飲み干した。
これには凌統も呂蒙も驚くばかりである。
甘寧だけはひゅうっと口笛を吹き、咲良の飲みっぷりを囃し立てた。


「あんた、見かけによらずやるじゃねえか!」

「甘寧!落涙殿も、一気飲みなど無謀な行いをするものではない」

「おっさんもこいつを見習って飲めよ!俺と勝負だ、おっさん!」


呂蒙に注意され、咲良はすみませんと一言呟き、唇を舐めた(甘寧に捕まったため聞こえていないだろうが)。
無茶をして飲み込んだ酒は、ちょっと辛いだけで、あまり味がしない。
喉の奥がカッと熱くなるのは、強いアルコールのせいなのだろうか?
体の内が燃えているような、今まで経験したこともない奇妙な感覚に、咲良は困惑する。


「…落涙殿…?」


賑やかに騒ぐ甘寧達をよそに、じっと黙り込む咲良を見て、心配そうに声をかけてくれたのは陸遜だ。
咲良の様子がおかしいことに気が付いた陸遜は、床に膝をつき、顔を覗き込もうとした。
俯いて微動だにしなかった咲良は、呼びかけに反応しゆっくり顔を上げ…、まくし立てるようにして陸遜を褒める。


「陸遜様、見事な舞いでした!とても格好良かったですよ!では私はこれにて失礼しますね!」

「お待ちください」


 

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