ひとりぼっちの涙



「…素晴らしいねぇ!」

「……へっ!?あああっ、あの私…!」

「私は蘭華(らんふぁ)。突然話しかけたりして悪かったね。あまりにも素晴らしい笛の音だったから声をかけたんだよ」

「あ…ありがとうございます?」


突如として現れた…蘭華と名乗った、二十代後半ぐらいの女性は、質素な服に身を包んでいるものの、その顔立ちは整っていて、素直に綺麗な人だと思えた。
ハキハキと物を言う性格の彼女だが、乱暴をするような人ではなさそうだ。
蘭華の笑顔に、咲良の警戒心は徐々に薄れていく。


「やっと見つけた!私と一緒に来てくれないかい?あんたにしか頼めないことがあるんだよ」

「ま、待ってください!いったい何処へ…?」


がしっと手首を掴まれたと思ったら、そのままずるずると引きずられる。
蘭華は今にも走り出しそうな勢いで、されるがままになってしまった咲良は困惑を隠しきれずにいたが、不思議と抵抗する気にもならなかった。


「あんた、そんな足を出した恰好で出歩いて、襲われたって文句は言えないよ?いくら建業が他国に比べ平和な国だとは言え、こんな人気の無い道を一人で出歩くのは不用心だ」

「っ…けんぎょう…!」

「悪い話ではないと思うんだけどねぇ。行くあてが無いのなら尚更だ。私のところで働かないかい?あんたの笛の腕を買っているんだよ」


蘭華は一人で橋の下にいた咲良を見て、何か深刻な事情があると察したようだ。
気を使っているのか、深く探ってはこないが、咲良に身寄りが居ないことは、何となく気付いているのだろう。


(と、とりあえず…安全な場所に身を置いて、それから、悠生を捜そう…)


建業…、それは三国時代の、呉の首都であろうか。
ぐいぐいと蘭華に引っ張られながら、咲良は拭いきれない不安に、小さなため息を漏らした。



━━━━━



蘭華は城下にて、店を経営して暮らしているという。
遊郭のように、酒を提供して着飾った女性達が客をもてなす…大分偏った知識しか無いが、そのような賑やかな世界とは縁遠い咲良には、あまり良い印象が持てなかった。
しかし、蘭華の店は想像した遊郭とは違い、店内もある程度落ち着いた雰囲気である。


「実は、笛吹きの子が病に倒れた親の面倒を見るために故郷へ帰ってしまってねぇ…」


蘭華が集めた、咲良とそう変わらない年頃の少女達、彼女達は皆、楽師だという。
蘭華の店は、よくある遊郭ではない、余興にと少女達が舞や音曲を披露し、客を喜ばせる。
色ではなく、才を売るのだ。
しかも、蘭華は優秀な少女ばかりを集めたため、その演奏はとても評判が良く、たまに"お偉いさん"も訪れるそうだ。

笛の名手である少女が一人欠けたことで、蘭華は非常に困っていた。
そこで、笛を奏でていた咲良に出会い、すぐにスカウトしたと言うのだ。


蘭華に声をかけられただいたいの理由は分かった。
咲良はその奏者の代わりに選ばれたのだ。
名手と呼ばれる少女の代役を頼まれたのだから、悪い気はしない。
それ以前に、知らない世界に放り出されてしまった咲良には、居場所が無いのだ。
信頼を寄せることが出来そうな蘭華の元に居れば、ひとまず、身の安全は保証出来るだろう。


「でも、いきなりあんたが他の子と合奏が出来るとは思わないよ。開店まで時間が無いから、今から"閉月"に教えを受けてもらうよ」

「へいげつ…さんですか?」

「あれまあ、開店まで時間が無いわねぇ。誰か、閉月を連れてきて!」


蘭華の呼び声の後、足音が一定の感覚で聞こえ、この部屋へと近付いてくる。
姿を目にしなくとも、気品のある歩き方をしているのだと分かる。
そして…、ゆっくりと戸を開けて、顔をのぞかせた女性。
その儚げな立ち姿に、咲良は心臓が止まりそうになった。


 

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