この愛を囁く



阿斗に寵愛されている悠生との深い仲を"周知の事実"と割り切っている趙雲はやけに冷静で、興奮する稲姫を宥めようとしていた。
だが、悠生は稲姫に不埒だと指摘されて初めて、己の浅ましさを実感する。
いつ誰が来るかも分からない奥外であることを知りながら、趙雲を誘い、口付けをねだったのだから。

趙雲もまた、気持ちは高まっていても、やはり場所を気にして…、あと一歩を、踏み切ることが出来なかったのだろう。
此処が真っ暗な湖のほとりではなく、薄暗い閨であったなら、趙雲は迷わず悠生を押し倒していたはずだ。


「…と、ともかく、此処は戦場なのです!稲は黙っておりますが、そういうことは、きちんとした場所でなさってください。その方が、黄悠様の負担も軽減されましょう」


そんなことまで気遣われると、羞恥が増すばかりである。
長々とお説教をした稲姫は、いい加減に耐えきれなくなったのか、元来た道を引き返し、急いで走り去ってしまった。
根から純真な稲姫が、このことを無闇やたらに他言するとは思えない。
きっと、今日見た物を胸の内に閉じ込め、思い出す度にひとりで赤面し、不埒だと口にするのだろう。

残された悠生と趙雲の間には、気まずい空気が漂い、続きをする気分にもならなかった。
趙雲は溜め息を漏らすと、困ったように微笑み、乱れた悠生の服を丁寧に整えてくれる。


「…次こそは…全力を尽くして貴方を愛そう。これだけお預けをくらったのだ。容赦は出来まい」

「え、あ…あの…」

「くくっ、怯えることは無い。…大事にする」


耳の輪郭をなぞるように、趙雲の唇が触れる。
甘い囁き声と愛の言葉にどきどきさせられて、胸がはちきれそうだった。
ずっと…、傍にいさせてほしい、もっともっとと、欲ばかりが生まれてしまう。


(しあわせ…だ…、ねえ、咲良ちゃん…僕は本当に、幸せだよ…)


もう会わないと決めたはずの咲良に、伝えたいと思ってしまった。
生きる喜びと、幸せが、ちゃんと実感出来るようになったんだよと。

早く幕舎に戻らなければ、稲姫や半蔵が心配して様子を見に来るかもしれない。
だけど、もう少し…このままでいたいと、悠生は趙雲の腕の中で、強く願った。



END

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