この愛を囁く



雑賀の里を少し離れ、やけにゆっくりと歩いていた半蔵が立ち止まった時…、悠生は夜の湖を見た。
付近は不気味なほど静かで、黒に染まった湖面を覗き込めば、そのまま吸い込まれてしまいそうだ。
半蔵が指で示す先に、小さな明かりが見える。
きっと、其処に趙雲が居るのだろう。


「ありがとうございます、半蔵どの…」

「…礼など不要…きちんと休め…」


半蔵はさり気なく悠生を労り、再び闇の中に消えていった。
もう一度、悠生は半蔵の消えた方にお辞儀をし、踵を返した。

趙雲に会ったら、まずは謝らねばならないだろう。
無断で持ち場を離れ、勝手に戦ったこと…、理由があったとしても、言い訳にしかならない。
いくら温厚な趙雲であれ、規律を乱す者には容赦出来ないはずだ。


(子龍どの……)


闇の中に灯る光の正体は、焚き火だった。
趙雲は今にも消え入りそうな炎を気に止めることもなく、槍を構えて、闇の向こうをじっと睨み付けている。
鍛錬をしていた訳ではないのだろうか。
ぴたりとも動かず、瞬きもしない趙雲の姿を、悠生は息を殺しながら見つめていた。


(少しだけ、殺気を感じる…、ちょっと、怖いかな…)


今、趙雲の心は此処には無いような気がした。
闇の中に、目には見えないものを見ているのだ。
もしも、黙って彼の領域に足を踏み入れたなら、趙雲はその槍で悠生を貫くだろう。
それほどに、張りつめた空気を感じた。
今の趙雲には、無闇に近付くことは出来ない。
一点を見据える瞳が…、ただ、冷たかった。

かつて、呂布と争った趙雲の覚醒した姿を思い出してしまう。
あの時の趙雲は、美しくあれども、氷のように無機質な印象を受けた。
…だけど、触れたらとても、あたたかかったのだ。


「子龍…どの…?」


愛しい人との距離を感じて、胸を痛めた悠生は意を決し、己の存在を伝えようと趙雲に呼び掛ける。
すると、趙雲は初めて悠生を見た。
瞬間、恐ろしいほどの殺気は綺麗に消え、代わりに笑みを見せてくれる。
どこか、寂しげな微笑みだった。


「悠生殿…、貴方はまた、後先考えずに無茶をして…私がどれほど心配したことか」

「ごめんなさい…迷惑をかけて…」

「…いや。兵卒から、貴方が挟み撃ちを避けるため、必死に戦っていたと聞いた。まず、礼を言おう。ありがとう…悠生殿。貴方のおかげで、私は任を果たすことが出来た」


趙雲の指が、悠生の頬の傷をなぞった。
このぐらいの怪我で済んだのは、偶々、運が良かっただけなのだ。
いつ殺されても、おかしくない状況だった。

無謀な行いを咎め、苦言を示されるかと思ったが…、趙雲はそのまま悠生を抱き寄せ、強く強く、力を込める。
趙雲の存在を感じる、それだけでこんなにも安心出来るのだ。
ぬくもりを確かめるように、悠生もまた、趙雲の熱を求めて、深く抱き合った。


 

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