この愛を囁く



「…待て…何処へ行く…」


人が近付く気配も無かったのだが、背に低い声がぶつけられ、悠生は驚いて振り返った。
深い闇に紛れ、音もなく現れたのは、家康に従う忍び・服部半蔵だ。
別に、逃げ出すつもりなど毛頭無かったのだが、半蔵は鋭く目を光らせている。


「半蔵どの?えっと…太公望どのか、左慈どのを捜しています。あ、でも、趙雲どのも…知っていますか?」

「…趙雲…知っている…」


仙人達より、会いたい人がいるではないか。
悠生が思い出したように趙雲の名を出すと、半蔵は自ら案内役を買って出てくれた。
相変わらず言葉数が少ないので、悠生はいつぞやのように半蔵の手を掴もうとするが、「滅」の呟きと共に避けられてしまう。
半蔵が少し恥ずかしそうにしていたので、悠生は小さな声で笑った。

…家康の努力も実を結ばず、皆は政宗の説得に失敗してしまったが、太公望は雑賀での戦いが妲己の時間稼ぎであることを知る。
結局のところ、政宗は妲己に利用されただけなのだ。
家康は遠呂智の絶対的な強さに魅入られた政宗を哀れみ、救いたいと願っているのだが、政宗は頑なである。
これから、本格的に戦ばかりの日々を過ごさねばならなくなるのだろう。

遠呂智の復活は、阻止しなければならない。
もし魔王が再臨することになったら、次こそは…悲しみを繰り返さないためにも、息の根を止めなければならなくなる。
だが、そんなことになれば、遠呂智の光臨の影響で蘇った人々が無に返ってしまうのだ。
恐らくは悠生も、同じくして。
だから、戦が怖いなんて言って、逃げてはいられないのだ。


「…童…何も考えるな…」

「え…?」

「…いずれ…殿の世が…太平が来る…」


忍びの性だろうか、悠生の心の不安を感じ取った半蔵は、その気はないのかもしれないが、慰めの言葉を投げかける。
子供がわざわざ重き荷を背負わなくても、いつか必ず、家康が太平の世を築いてくれるからと。
悠生には半蔵の表情が見えなかったが、彼の優しさをひしひしと感じて、心がじんわりとあたたかくなった。


「家康さまなら…国と時代を超えて、皆が仲良く暮らせる世を作ってくれると思います。僕もその、お手伝いをしたいと思います」

「……、」


少しでも、力になりたいと思う。
自分自身ではなく、大切な人たちのために戦う家康の志こそが、悠生が望むものに一番近いのはずだ。
半蔵はそれきり何も言わなかったが、彼の雰囲気はとても柔らかく感じられた。


 

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