この愛を囁く



――夢を、見ていた。
誰かが泣いている夢だった。
夢だと分かったのは、はらはらと散っている桃色の花びらがまるで、意思を持っているかのように…その人を慰めたいと、願っているかのように見えたから。

川の辺でうずくまっていた、少し変わった風貌の、見知らぬ子供に話し掛ける、"悠生"。
子供は驚いたように目をぱちぱちとさせて、涙を流しながら何かを言っていたが、声は少しも聞き取れなかった。
"悠生"は子供の手を取って、何処かへ歩き出した。
指も細くて、とても小さな弱々しい手。
昔の自分を見ているようだと思った。
本当は、一人が好きな訳じゃない、臆病だから、友達を作ることが怖くて、一人で居たのだ。

何処へ行くの、とでも言いたげな子供に、"悠生"は何かを言ったのだろう、彼は顔を赤くして可愛らしく微笑んだ。
強い風が吹いて、綺麗な色の花びらが視界に広がる。

次に振り返った時、子供は見違えるほどの立派な大人になっていた。
いったい、どれほどの年月が流れたのだろうか。
変わらないのは朗らかな春の景色。
少し悲しげな視線を送るその瞳を、"悠生"は知っているような気がした。



─────



酷く、頭が重かった。
思わず声をあげると、喉がきりきりと痛む。

悠生が目覚めた時、辺りは薄暗く、幕舎内は静寂に満ちていた。
人が一人も居ない…と言うことは、皆はまだ話し合いか何かで何処かに集まっているのかもしれない。


(…あれ…指輪が…)


指先に煌めく微かな緑色を見て、悠生ははっとする。
太公望に指示されてから、指輪をはめたまま弓を扱っていたが、戦には邪魔なものだとしか思わなかった。
しかし今、ほんの僅かではあるが、そこには確かに、失われたはずの翡翠玉があったのだ。
美雪の力の結晶が、悠生の中に取り込まれたから、指先に戒めの痣が刻み込まれたのだと…、太公望にはそう説明をされた。


(僕の力の、結晶…?どうして?)


暗闇に輝く翡翠玉の欠片を見つめるが、頭がぼうっとしているせいか、一向に答えが出ない。
太公望や左慈に聞くのが一番早いだろうと、悠生はゆっくりと立ち上がった。

悠生が幕舎の外に出ると、焚き火を囲んで談笑したり、怪我の手当をしている兵卒の姿が見えた。
今日は野営をし、夜が明けたら、劉備の待つ成都へと帰還することになるはずだ。

此処は、既に伊達軍が撤退し、戦の爪痕を残した雑賀の里である。
戦を避けて、里を離れていた雑賀の民たちが、ちらほらと戻ってきているようだ。
蜀軍の火計によって中央砦は見事に炎上したが、そのせいで多くの家屋が炎に呑み込まれてしまった。
家を無くした民のためにも、一部の兵たちは里に残り、力を貸さなければならない。


 

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