奔放なるもの



「大丈夫だ、そんなに怯えるな。殺しはしない…って言うか、そんなことをしたら俺がお前の爺さんや仲間達に殺されちまうからな」


笑いながら口にする司馬昭に、漸く悠生にも周りの様子が目に入った。
左慈や蜀の兵卒達が、悠生にのし掛かる司馬昭をぐるりと取り囲んでいたのだった。
もし司馬昭が悠生に手を出したら、左慈はきっと司馬昭の命を奪うだろう。


「俺はお前を見逃す。お前は俺を見逃す…これで貸し借りは無しだろう?」

「ごめんなさい…嫌いだなんて言って…」

「…お前、面白い奴だな。今日のところは退いてやるけど、またいつか手合わせしてくれよ」


悠生の頬に流れていた血を指先で拭い、白い歯を見せてにかっと爽やかに笑う司馬昭を、嫌いになれるはずがなかった。
司馬昭は父に従い、伊達軍に力を貸しているだけで、本心では世を乱すことなど望んでいないのかもしれない。

ぐったりとした悠生を抱き起こし、左慈に引き渡したところで、司馬昭は残った兵を引き連れ元来た道を戻ろうとしていた。


「心までも奔放な男…見逃せば後々、驚異となろう」

「だけど、これで挟み撃ちは避けられました」


今此処で司馬昭を討つことは、避けたい。
強大な影響力を持つ彼が早くに死ねば、これからの歴史において、重要な活躍をするであろう人物が生まれなくなってしまうかもしれない。
蜀の皆も、目的は果たしたし、交換条件と言うことで司馬昭に攻撃を浴びせたりはしなかった。
だが悠生は、腹に力を入れて声を振り絞り、遠ざかる男を呼び止める。


「司馬昭どの…!」

「は?」

「僕は、黄悠って言います!今のあなたは…嫌いじゃありません…!」


趙雲に与えられた黄悠の名を名乗り、悠生は息を荒げながらも必死に、想いの丈をぶつける。
司馬昭は驚いたように口を開けて悠生を見ていたが、腕を上げ、笑顔で応えた。
またな、と司馬昭の澄んだ声が響き渡った。


「あ……」


安堵した途端に、目の前が真っ白になる。
平行感覚を失い、転倒しそうになったところを左慈が支えてくれたが、悠生の意識は朦朧とし、酷く息苦しさを覚えた。


「少々、無茶をさせてしまったようだ…。そなたはよく戦った。後のことは若き龍に託し、今は眠るが良い」

「は…い……」


慣れない戦い方をし、余計な力を使ったせいで、悠生の体は悲鳴を上げていたのだ。
すっかり戦う気力を無くした悠生は、気絶するように意識を閉ざしていた。




END

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