奔放なるもの



出来る限り、人を死なせたくはない。
相手は悠生と同じ血が流れている日本人だ。
もしかしたら、政宗のやり方に疑念を示す者も少なからず存在するかもしれない。
早々に撤退してくれることを願い、悠生は手当たり次第に敵兵の武器を奪い、矢を放つことで生まれる衝撃で敵を地面に叩き付け、数を減らしていった。


(っ…いかん!悠久、避けよ!)

(えっ!?)


左慈の焦ったような声を聞き、悠生は初めて、己の危機を悟る。
左慈の仙術をものともせず、驚くべき速さで、頬をかすめた鋭い刃先。
考える暇も無く、後ろに反り返った悠生は地面に手を突くとそのまま地を蹴って一回転…、間一髪のところで攻撃を交わした。


「く…っ…!」


運動音痴な自分が、信じられないほどアクロバティックな動きをしてしまった。
混乱の最中、頬に燃えるような痛みを覚えて顔をしかめたら、視界に映る景色に、ぱっと色が戻る。
左慈の術が解けてしまったようだ。
頬を伝う赤い血を拭うこともせず、悠生は自分に傷を付けた強者を瞬きもせずに睨んだ。


「小生の術を破るとは…彼の者、まさに無双である…」

「っ……!」


左慈が呆然と呟くも、悠生には頷くことも出来なかった。
どうにか間合いを取ったが、その男は真っ直ぐ前を向き、挑戦的な笑みを浮かべている。
年の頃は二十前半ぐらいだろうか、立派な体格の、いかにも強そうな将に見えた。
しかし、戦国時代らしからぬ装束を見ると、伊達軍所属の将には思えない。
かつて遠呂智に従っていた者が、政宗に力を貸しているのだろうか。
ゆっくりと考察する余裕も無く、悠生は弓を構え、彼の次の動きを待った。


「へえ…どんな猛将が暴れているのかと思えば、こんな弱そうなガキだったとはな。俺は司馬子上ってんだ。お前、名は?」

「司馬…子上…?あなたが、司馬昭…?」


白い歯を見せ、呑気に自己紹介をする男。
その姓と字を聞き、悠生は思い当たる人物の名を呟いた。
司馬昭…魏の軍師・司馬懿の次男である。
父・司馬懿の意志を次ぎ、三国を滅ぼし、晋の基礎を築き上げる。

悠生はぎりっと唇を噛み締めた。
慣れた血の味も匂いも、ただひたすら不快だった。
全ての歴史を知り、そして阿斗を親友に持つ悠生にとって、司馬昭…彼は、受け入れることが出来ない男だったのだ。

この男が共にした宴の席で、劉禅は皆の笑い者にされてしまった。
そして…、司馬昭は黄皓の悪評を聞き、五体を切り刻んで殺したというのだ。
これはまだ、先の出来事…しかし、歴史は大きく変わっているから、一連の事件は起こらない可能性の方が高い。
それでも、友のことを思うと、この男をどうしても許せなかった。
今まで感じたことがないほどに、無性に怒りがこみ上げ、抑えることも出来ずに、悠生は司馬昭に向け、乱暴に矢を放つ。


 

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