甘き音色の中で



「黄皓殿!私に気遣いは不要です。どうか、悠生殿の元へお戻りください。中途半端に終わらせては、後々お困りになることもあるかと」

「趙雲殿は、何を心配なさっているのです?私は趙雲殿に悠生殿を"貸して差し上げる"のですよ。悠生殿は阿斗様の大事な存在…誰かが独占して良いような方ではないのです。…勿論、私だって…」


皮肉るように嘲笑した割には、黄皓の表情は暗く、陰りが見える。
その言い様は癇に障るものがあるが、どこか苦しげな彼の言葉に、趙雲は僅かながら違和感を覚える。
悠生殿は阿斗様のものだから。
その事実を最も重く受け止めているのは、案外、黄皓自身なのではないか。


「趙雲殿に打ち明けるのも難ですが、私はこれでも、悠生殿のことをお慕いしているのですよ」

「黄皓殿…貴方は…、」

「ほら、早くお顔を見せて差し上げてください」


いつの間に、黄皓は悠生に心を許したのか、その理由を、趙雲には想像も出来ない。
ただ一つ言えるのは、彼は真剣に悠生の幸せを願っている。
心の底から悠生のことを想っているから…、こうも堂々と、身を引くことが出来たのだろう。
趙雲には決して真似出来ない潔さである。
悠生に別の想い人が居るからと、諦めることなど…出来るはずがない。

複雑な想いを抱えたまま黄皓の背を見送った趙雲は、さっと踵を返し、悠生の室へと足を踏み入れた。
すると、黄皓を追おうか迷い、その場に立ち尽くしていたらしい悠生と目が合った。
数日ぶりに顔を合わせた、最愛の人。
初めは驚きに見開かれた悠生の瞳が次第に細められ、愛らしい笑みを見せてくれた。


「趙雲どの…おかえりなさい!」

「ああ、ただいま。元気そうで何よりだよ」

「趙雲どのも…、ずっと、会いたかったです…」


恥ずかしそうに頬を染め、俯き加減で呟く悠生を見て、趙雲は思わず手を伸ばしかけるが、彼は突然はっとしたように顔を上げる。
私も会いたかった、などと言う暇も与えられない。


「黄皓どのは、帰っちゃいましたか…?まだ途中だったのに…僕、沢山頼んでいるのに、いつまでも教えてくれないんです。だから…、」

「教える…?何かの問いの答えかい?」

「はい、この文なんですけど…」


趙雲の気持ちを知ってか知らずか、悠生は突然姿を消した黄皓の代わりにと、趙雲に答えを求めるのだ。
差し出された書状には、太筆で力強く癖のある文字がびっしりと書き込まれていて、趙雲でさえも読み取るのに苦労してしまう。
文字を覚えたばかりの悠生なら尚更、解読は困難だろう。


 

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