甘き音色の中で



正式に黄忠の養子となった悠生は、城内にある黄忠の邸に新たな住まいを与えられたのだが、義兄弟である阿斗…劉禅が悠生を遠ざけることを拒み、結局は以前と変わらず一緒の邸で暮らしている。
阿斗の守役だったからこそ、趙雲も簡単に邸へ足を踏み入れることが出来るのだ。


「すまない、悠生殿にお会いしたいのだが」


近くに居た侍女に声をかけると、「悠生様はただいま黄皓様に学問を教わっております」との答えが返ってきた。
悠生とて、暇ではないのだ。
相手の都合も考えずに訪ねてしまったことに漸く気が付き、趙雲は己が焦っていることをやっと実感した。


(しかし、黄皓殿か…、悠生殿は大丈夫なのだろうか)


もうずっと前のことになるが、悠生は黄皓の名を聞いただけで怯え、大きな瞳に涙を滲ませていた。
そして黄皓も、阿斗に寵愛される悠生を妬み、容赦なく手に掛けようとした。
あの時は趙雲が黄皓に重ねて忠告し、それきり悠生が恐怖を訴えることも無くなったが、一度疑問を抱いてしまえば気になって仕方がない。

悠生の部屋の前に立った趙雲は、戸を叩こうとしたが、一歩手前で立ち止まる。
勉学の邪魔をしてはならぬと思えども、趙雲の心だけは意志に反していた。
扉の向こう側に、悠生と黄皓が居る。
…他の男と、二人きりで。
これが嫉妬だと分かりながらも、その場から立ち去ろうとしない自分は面倒な男だろう。
私は何をしているのだ、と趙雲は己の浅ましい行動を咎めた。

その時、内側から扉に近付く足音を耳にした。
まずい、と思って素速く後ずさると、悠生の部屋の扉が開けられる。
其処に立っていたのは、訝しげな目をする、黄皓だった。


「趙雲殿?何をしていらっしゃるのですか」

「…私は悠生殿に会いに来たのです。邪魔をするつもりはありませんので、此処で待たせてもらいたいのですが」

「いえ、どうぞお入りください。私はいつでも悠生殿にお会いできますので。趙雲殿は常日頃お忙しいのですから、今日ぐらいはゆっくりなさってください。では、私はこれで」


黄皓は一方的に話を進め、一度室内に戻って荷物を纏めると、挨拶もそこそこに、まるで逃げるように部屋を立ち去った。
中から悠生の、黄皓を呼ぶ声が聞こえたが、趙雲は悠生に会いたい気持ちを抑え、黄皓の後を追う。


 

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