果てしない鎖
「阿斗?どうしたの?」
「見よ、悠生。負傷者が次々と運び込まれているぞ。戦は始まったばかりだと言うのに…」
これが、現実なのだ。
阿斗は幕舎を指差し、忙しなく働く救護兵と血に濡れた兵の姿を見ていた。
少なからず、絶命した者も居るはずだった。
悠生も、赤く染まった兵卒の遺体に刀が刺さっている様を見て目を逸らしたくなったが、どうにか踏ん張って、阿斗を見つめた。
「きっと、妲己の罠にはめられたんだ…皆、悔しいだろうね。もっと、頑張れたはずなのに」
「私には何も出来ぬ。皆のために戦う力も、傷付いた兵を癒やすことも出来ぬのだ。父上のように皆を率いて戦うことなど、夢のまた夢だな…」
阿斗は己の力の無さを痛感したようで、自嘲するその姿は、酷く痛々しく見えた。
まだ子供なのだから、阿斗が責任を感じる必要など無いだろうに。
これから多くのことを知って、いつの日か、皆と幸せも悲しみも共有出来る劉備のような大人になれば、それで良いのだ。
そのために、悠生は阿斗の傍に居るのだから。
「劉備さまだって、最初から強かった訳じゃないと思うよ。沢山の仲間が居たから、劉備さまは頑張ってこれたんだ。今も、人の痛みの感じられる場所に立っている…今此処に立つ阿斗も、同じだよ」
「私も…同じだろうか?」
「うん。阿斗には僕が居る。阿斗が悲しいことは、僕も一緒に感じていたいんだ」
厳しい乱世を生きていくには、もっと辛い想いをすることになるだろう。
どんな時でも、阿斗を支えてあげたい。
彼の心が成長していく所を、ずっと隣で…見ていたい。
悠生の励ましに、阿斗は少しずつ笑顔を取り戻したが、次の瞬間…、彼の瞳が驚きに見開かれる。
目に映したものが何か、悠生が確認をする前に、阿斗に強く腕を引っ張られた。
「貴様、何処から現れた!」
「え、なに、阿斗!?」
悠生は盛大に転びそうになったが、珍しく声を荒げた阿斗は悠生を庇うように強く抱き締める。
何事かと、本陣の守備に当たっていた兵達も次々と集まってきた。
一瞬にして、物騒な空気に満たされる本陣。
悠生だけは、突然現れた招かれるべき客の姿を見て、ほっと肩を撫で下ろした。
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