命を得た言葉



何があっても、遠呂智を呼び起こしてはいけないのだ。
多くの人間は、人知を超えた力を持つ遠呂智のことを理解してあげられない。
今、目を覚ましたって…悲しいだけだ。
一人一人が違う理想を持ち、異なる志を抱く世において、皆が何の隔たりもなく仲良くすることは、どうしても出来ないから。
遠呂智の存在により、命を繋いだ人間が沢山居ることを皆は知らないから、人々は必ず遠呂智を禍を生み出すものとして葬ろうとする。
それではまた、辛く苦しい想いをするだけなのだ。


「あの女子は、自らをもののふと称したが、いったい、どのような顔で人を殺すのだろう」

「阿斗…それは…」

「私は、父上の意志を継ぐ者として、逃げることなど許されない。だが、人が傷付く戦など嫌いだ。本当は、戦場にだって行きたくない。悠生よ、このような私を、情けなく思うか?」


阿斗は珍しく弱音を吐き、苦しそうに俯いてしまった。
人殺しはいけないことと教えられて育った悠生とは違い、この時代では敵の首を取ることは名誉なことである。
だが阿斗はまだ、人を殺したことがない。
そのまま、手を汚さないでいてほしいとも思う。
他人の命を奪った悠生は、その残酷な瞬間を今も忘れられないのだ。


「僕は…二人、殺したよ。名前も知らない人だけど、顔と声はよく覚えてる。どうしても、忘れられないんだ…ううん、僕が忘れたら駄目だって…分かってるんだけど…」

「…悠生…そなた、その手で…」

「うん…ごめんね…」


死に怯えて恐怖に歪んだ表情、そして、主を守ろうと決死の覚悟を秘めた瞳。
胸元が赤に染まったその瞬間、彼らの尊い未来は閉ざされた。
今でも記憶に残る、悠生が手に掛けた人間たち。
確かな意志を持って、殺意を抱き、悠生は弓を引いたのだ。


 

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