命を得た言葉



「黄悠様、お久しぶりです。ご察しの通り、私達は劉備様の力をお借りしたく訪ねて参りました。実は最近、こそこそと逃げ回っていた妲己の姿が何度も目撃されているのです。今度こそ、妲己を討たねば…」


稲姫は苦虫を噛み潰したような表情で、世を引っ掻き回した悪女の名を口にする。
妲己、誰より遠呂智を求めていた女は、先の戦で深い傷を負い、燃え盛る炎の中に消えた。
だが、しぶとい妲己がそう簡単に死するはずがなかった。
遠呂智のことを、諦めるはずもない。
彼女が良からぬことを企てる前に、討たなければ…悠生が知る物語と同じ展開を辿ることとなってしまう。


「稲姫さまも…、また、戦場に立つんですか…?」

「ええ。稲はもののふです。悪しき者を見過ごすことなど出来ません!」


流石は本多忠勝の娘、強き姫武者だ。
悠生は稲姫の真っ直ぐで清廉な心が、とても美しく…羨ましく思えた。
何でもないことで、すぐに心が乱される自分とは大違いである。

稲姫の勇ましさに感動を覚えていた悠生だが、それまで凛としていたはずの彼女は何かを思い出したのか、手のひらを返したように頬を染め、子供っぽい表情をして照れ笑った。


「今日、私が殿のお供をしたのは、戦のこともありますが…、本当は、尚香に会いに来たのです。殿には秘密にしてくださいね?」


稲姫は悠生と阿斗、そして半蔵にしか聞こえないほどの小さな声で囁く。
どこにでも居る少女のように、稲姫は友である尚香に会いたくて溜まらなかったのだ。
劉備と復縁した尚香を誰より心配していたであろう稲姫のことだ、漸く顔を合わせる機会を得て、こうしている間も、再会の時を心待ちにしているはずだ。


「半蔵、稲、そろそろ劉備殿の元へ向かうとしよう。では義元殿、蹴鞠も良いですが、ほどほどに…」

「のの!」


家康に従い、半蔵は瞬時に姿を消し、稲姫は再び頭を下げてから、劉備と今後の相談をするため、その場を後にした。
義元は何事も無かったかのように蹴鞠を再開しようとするが、戦が始まると聞かされたばかりなのだ、とても楽しめる気分ではない。
阿斗も顔をしかめていて、疲労が蓄積したので暫し休憩をしたいと告げると、義元は頷き、一人で鞠を蹴り始めた。


 

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